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第343話
両手を上げ、誘導する巡査官。
その指示に従い、車を路肩に停める。
……コッコッ。
降り頻る雨の中、巡査官の一人が運転席の窓ガラスを2度ノックする。
「………免許見せて」
「え、っと……」
「不携帯? 車から降りて」
僅かに開けられたドアの隙間からそう告げられ、渋々といった様子で五十嵐が車から降りる。
バタンッと閉まるドア。と、同時に開かれる、助手席のドア。
ザァ───ッ
「降りろ、吉岡」
「──!」
巡査官の言葉に驚き、視線を五十嵐から其方に移す。呼ばれた張本人も驚いたんだろう。顔を上げたまま、微動だにしない。
「………お、まえ……」
その声が、僅かに震えている。
濡れた警帽。
深々と被られたそれを外し、露わになった横顔は───金髪蒼瞳の……
八雲……!!
全ての音が、消える。
ゆっくりと落ちていく、大粒の雨。
まるでスローモーションのように……その一粒一粒が、妙にはっきりと目に映る。
「そんなに驚いた?」
「……」
目を丸くし、言葉に詰まる吉岡をじっと見据え、更に言葉で畳み掛ける。
「──お前さぁ、何でずっと俺に気付かねぇかなぁ……
お前の俺への愛って、そんなモンだったって訳か?」
「………なに、言って……」
「なぁ、基和 」
下の名前を呼ばれた瞬間、吉岡を取り巻く空気の色が変わる。
時間が、止まる──
「………もと、なり……?」
「そうだよ」
ザァ──ッ
二人の会話を打ち消すかの様な、激しい雨音。
ビニール傘を差しているにも関わらず、濡れた毛先からポタポタと垂れる雨雫。
憑きものが落ちたかように、吉岡の表情が和らいでいく。
「やく、も……って……屋久 基成 の、……」
「咄嗟に付けた名前だ。ダセぇのは仕方ないだろ」
八雲……いや、屋久が少しだけ前に屈んで吉岡の顔を覗き込む。
「………でも、なんで……」
「何でって………勝手に俺を殺すなよ」
そう言って口の両端を僅かに持ち上げた屋久が、吉岡の頬に手を伸ばす。
その瞳は闇を孕みながらも穏やかで、子供のような表情を浮かべた吉岡を、しっかりと捕らえている。
「──ずっと……あの日からずっと、胸を抉られたみたいに、苦しかったんだからな……!」
「悪かったって」
赦しを請うように、屋久が親指の先で吉岡の下唇に触れる。
「………でも、どうして……」
吉岡の片手が伸び、屋久の頬を包む。
その感触を確かめるように。
「見るに耐えない、酷いツラだったろ?……だから、整形したんだ」
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