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第344話

「でも、それは……!」 「……まぁ、お陰でやるべき事はやれたんだ。ここいらでもう、打ち止めにしようか」 「………っ、嫌だ!」 鋭い目付きで屋久を睨み、もう片方の手の甲でグイッと目元を拭う。そんな吉岡のふわふわした横髪に屋久の手が触れ、優しく指で梳く。 「………どう、なってんだよ」 こめかみ辺りに手を当てた愁が、すっかり毒気を抜かれ、柔らかな空気を纏う吉岡を冷ややかに見つめた。 ──確かに。 お互い面識があるにも関わらず、何で屋久は名前と顔を変えてまで、吉岡を騙していたんだろう。 ガチャッ── 「……降りろ」 後部座席のドアが開き、巡査官がぬっと現れる。 直ぐそこにいるのが屋久である事から、きっとこの警察官も本物ではないんだろう。 二人のやり取りを横目に、大人しく車から足を下ろす。 スッと差し出される透明な傘。その下に、遠慮無く入る。 手渡されたビニール傘を開きながら、直ぐ横に立つ巡査官の顔を盗み見るものの、全く以て見覚えがない。 「──さくら!」 何処かへ連行されたと思っていた五十嵐が、激しい雨の中をぱちゃぱちゃと水たまりを蹴り、広げた傘の下に飛び込んでくる。 しっとりと濡れた髪。濡れて肌に張り付いた服。しかしその顔は安堵に満ち、何処か清々しさまで感じられ…… 「もう、大丈夫だからなっ!」 「……」 「約束通り、八雲さんが助けてくれたんだよ!」 「……」 息を切らせながらそう言い切ると、僕の二の腕を掴み、ギュッと強く抱き寄せる。 「言っただろ。八雲さんに縄を解いて貰う時、やって貰いたい事があるって耳打ちされたって。 それは、さくらを次の目的地に連れて行く事じゃない。──ここに、連れてくる事だったんだ」 耳元で囁きながらも、何処か興奮しきっていて……僕の後頭部に手をやり、愛おしそうに何度も撫でる。 「さくらが驚くのも解るよ。 本当はそこまで言いたかったけど……隔離されていた部屋には、至る所に監視カメラがあったからさ」 至る所に、って…… あの、天井に目立つようにしてあったもの以外にも、あったって事……? 「……」 「不安にさせたよな。ごめん」 五十嵐の抱く力が強くなる。 僕の不安を掻き消そうとするように。

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