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第345話
でも……どうして──
屋久は、吉岡の計画を中止しようとしたんだろう。
僕と五十嵐を、逃そうとしたんだろう……
さっきの二人の様子から、立場は屋久の方が上に見えた。
それなら尚更──吉岡に正体を隠し続ける必要があったんだろうか。
どうせ明かすなら、もっと早い方が良かったんじゃないか……
何だか腑に落ちない、モヤモヤとしたものが胸の中に残る。
「……俺さ……」
抱き締める腕から力が抜け、五十嵐と僕の間に隙間が出来る。
「アジトで先輩と菊地さん、殺しちゃっただろ……
それに、まだ親父の借金も残ってるからさ。……もう、真っ当な世界には戻れないみたいだ。裏社会で生きていくしか……」
「……」
「最初の一ヶ月は、住み込みの研修がある。その間は淋しい思いをさせてしまうけど……でも、それが終わったら」
至極真面目な表情をした五十嵐が、僕の手を拾い上げ、ギュッと握り締める。
「………約束通り、二人で一緒に暮らそう」
ザァ──ッ
なに、言ってんの……?
その話なら、今朝、断ったよね。
『五十嵐が本当に救い出したいのは、僕じゃないでしょ、……!』
朝食前──
僕をバスルームへと押し込み、一緒にシャワーを浴びようとする五十嵐をそう言って突っぱねる。
まるで僕が、五十嵐と一緒に住む話を承諾したかのような言い方をされたから。
『僕を救っても、僕は五十嵐の妹の代わりにはなれないから』
『突然、何言ってんだよ。俺はそんなつもりで──』
『──そういう、つもりだよ……!』
五十嵐は、何も解ってない。
何にも気付いてない……
昨夜、罪悪感を背負いながら自慰に耽る五十嵐の姿を見ていて……僕は、ひとつの答えに辿り着いていた。
五十嵐には、妹の咲良ちゃんと励まし合いながら生きてきた過去がある。
このアンダーグラウンドに身を落としたのは、その妹を守る為。妹の幸せが、五十嵐の幸せであり、五十嵐の全て。
──だから、それを僕で埋めたって仕方がない。
『僕も……寛司を失った淋しさを、五十嵐で埋めようとしてたのかもしれない……』
『別に、いいじゃないか。それの何処が悪いんだよ。残った者同士、寄り添って慰め合ったっていいだろっ!』
──良く、ないよ。
お互い気持ちのないまま……ただ頼るだけの関係は、苦しくて虚しいものでしかないから──
『俺は、さくらがいい。工藤さくらと一緒に生きたいんだ。
日の当たる世界で、平穏な毎日を一緒に過ごしたいと思ってる』
『……』
『……だから、俺は絶対に諦めないからな』
「………」
五十嵐……気付いてよ。
五十嵐の絶対的存在は、僕じゃない。
もし、僕と一緒に暮らしたとして──その先の未来に妹が現れて、五十嵐と一緒に住みたいと言ってきたら……きっと、僕の存在は邪魔になる。
もし目の前に、僕と妹が溺れていたとしたら……迷わず妹を助けるんだよ、五十嵐は。
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