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第347話

でも……どうして── 屋久は、吉岡の計画を中止しようとしたんだろう。 僕と五十嵐を、逃そうとしたんだろう…… さっきの二人の様子から、立場は屋久の方が上に見えた。 それなら尚更──吉岡に正体を隠し続ける必要があったんだろうか。 どうせ明かすなら、もっと早い方が良かったんじゃないか…… 何だか腑に落ちない、モヤモヤとしたものが胸の中に残る。 「……俺さ……」 抱き締める腕から力が抜け、五十嵐と僕との間に隙間が出来る。 「アジトで先輩と菊地さん、殺しちゃっただろ…… それに、まだ親父の借金も残ってるからさ。……もう、真っ当な世界には戻れないみたいで。裏社会(この世界)で生きていくしか、ないらしい……」 「……」 「最初の一ヶ月は、住み込みの研修がある。その間は淋しい思いをさせてしまうけど……でも、それが終わったら──」 至極真面目な表情をした五十嵐が、両手で僕の手を拾い上げ、包み込むようにして握り締める。 「約束通り、二人で一緒に暮らそう」 ザァ──ッ ……なに、言ってんの……? その話なら、とっくに断ったよね…… 五十嵐の言葉に、冷ややかな視線を向ける。 『五十嵐が本当に救い出したいのは、僕じゃないでしょ、……!』 それは、朝食前──僕をバスルームへと押し込み、一緒にシャワーを浴びようとする五十嵐をそう言って突っぱねる。 まるで僕が、五十嵐と一緒になるのを望んでいるような物言いに……酷くムカついてしまったから。 『僕を救っても、僕は五十嵐の妹の代わりにはなれないから』 『……突然、何言ってんだよ。俺はそんなつもりで──』 『──そういう、つもりなんだよ……!』 五十嵐は、何も解ってない。 何にも気付いてない…… 昨夜、罪悪感を背負いながら自慰に耽る五十嵐の姿を見て……僕は、ひとつの答えに辿り着いていた。 五十嵐には、妹の咲良ちゃんと励まし合いながら生きてきた過去がある。 この裏社会(アンダーグラウンド)に身を落としたのは、その妹を守る為。妹の幸せが五十嵐の幸せであり、五十嵐の全て。 ──だから、それを僕で埋めたって仕方がない。 『僕も……寛司を失った淋しさを、五十嵐で埋めようとしてたのかもしれない……』 『別に、いいじゃないか。それの何処が悪いんだよ。残った者同士寄り添って、慰め合ったっていいだろっ!』 ──良く、ないよ。 お互い気持ちのないまま……ただ頼るだけの関係は、苦しくて虚しいものでしかないから── 『俺は、さくらがいい。工藤さくらと一緒に生きたいんだ。 日の当たる世界で、平穏な毎日を一緒に過ごしたいと思ってる』 『……』 『……だから、俺は絶対に諦めないからな』 「……」 五十嵐……気付いてよ。 五十嵐の絶対的存在は、僕じゃない。 もし、僕と一緒に暮らしたとして──その先の未来に妹が現れて、五十嵐とまた一緒に住みたいと言ってきたら……きっと、僕の存在は邪魔になる。 もし目の前に、僕と妹が溺れていたとしたら……迷わず妹を助けるんだよ、五十嵐は。

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