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第349話
それでも──理性は全て焼き切れてはくれなくて。苦しくてシーツをぎゅっと掴む。
いっそ、狂気の渦に飲み込まれてしまえば、楽になれるのかもしれないのに。
元々こういう行為自体に抵抗があるからなのか。突き落とされ、溺れかけているのに……誰かに助けられる事も、沈む事もできず、中途半端で情けない僕。
まるで冬の水溜まりに張られた薄氷のように、見えない壁一枚をパキンと壊しながら足を踏み入れられないのは、何とも滑稽だ。
こんな状態になっても尚、僕は自分を見失いたくないんだろうか……
「はぁ、はぁ、……そんなにコレが、気持ちいいのかあ?」
「……っ、……キモチ、ぃい………っ、」
「俺もだよ。………本当可愛いな、お前」
──パン、パン、パンッ
満足げに息を吐くと、更に激しくなるピストン。その律動に合わせで打ちつけられる、肌と肌。
「………あっ、あっ、……あぁぁ″っ……、!」
……唇から零れる声が、震える。
ナカに打ち込まれる度に、その切っ先が腹奥を突き挿し……内側から快感が溢れてくる。
手足の感覚が殆ど無くなり、ぶるぶると小刻みに震えて止まらない。
「……」
直ぐそこで見ている蕾の顔がぼんやりとした後、複数に分裂し、目の前をぐるぐると回りだす。
蕾だけじゃない……周りの景色も、平行感覚も、何もかもが回っていて──それを、僅かに残った理性だけが、僕の意識を繋ぎ止める。
「………」
だけど……もう、限界……
力が抜け、身体が溶け、
……もう、支えきれない───
ザァ──ッ
『………また、会えたね』
ふりしきる雨の中──僕を見下ろしたまま此方に差し伸ばされる、男の大きな手のひら。
その手に、つい手を重ねてしまった。
『……』
あんなに五十嵐を拒絶していた癖に。
男の大きくて力強い手に引かれ、五十嵐や愁、吉岡達のいる集団から離れていく。
行き着いたのは、細い脇道。そこに停められていた白のセダンに乗せられる。
運転手が誰なのか、解らない。
後部座席には、僕と、僕を連れてきた男。
濡れた帽子を外し、乗車した時に運転手から手渡されたタオルで頭や顔を軽く拭う。
その横顔を盗み見るけれど、やはり見覚えがない。
『……』
窓ガラスに映る街並み。
走る速度に合わせ、伝い流れる雨雫。
同じ景色を見ていた筈なのに。
さっきまでとは全く違って見える。
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