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第350話
繁華街を抜けて暫く走れば、僕の良く見知った道に出る。
そのせいで、この隣にいる男が誰なのか……解らない不安が少しだけ和らぐ。
『………あの、』
『……』
『あの……、アゲハは……無事なんですか……?』
だから、不用意にも声を掛けてしまった。
きっとこの人は、僕の味方なんじゃないかって──
『……』
だけど。僕に黒目を向けた男は、それには答えてくれなかった。
口の端を緩く持ち上げ、僕の方へと手を差し伸ばす。
『手前の心配より、兄貴の心配か。……可愛いな、お前』
その大きな手が僕の顎下を捕らえ、質感を確かめるように、親指の腹でそっと頬を撫でる。
『これから、誰にも邪魔されねぇ……静かで二人っきりになれる所へ連れてってやるから。……着いたら、一緒に気持ちいい事しような』
『……』
その瞳は穏やかながら、何処か不気味な色に変わっていて。
───拉致。
そう察した瞬間、心臓がバクバクと激しく動き出す。
突然背後から襲い掛かる不安。
雨の中、差し出された手を取ってしまった事を後悔した。
……この人は……別に、僕を助けた訳じゃない。
考えてみれば、屋久と同じ警察官に成りすましていたのだから。
「………、」
どうしてあの時、この人だけは違うと思ってしまったんだろう……
瞑った瞼の縁が、溢れた涙で滲んでいく。
「──はぁ、やべぇ、……イく、イく……っ、!」
ズッズッ、ズンッ……!
大きな手が僕の首根っこを掴み、上からベッドに強く押し付け……男が野獣のように吠えた。
「うぉ″ぉ……ォおぉ、おォ──ッ、!」
ビクンッ、ビクンッ……
その瞬間──男のものが大きく脈動し、腹の奥が熱く濡れ広がっていく。
男の声量に勝る程の精液。ソコから溢れ、下肢の間をつぅと伝いながら滴り落ちる。
──はぁっ、はぁっ、はっ、はぁ……
「………」
結局僕は、この運命から逃れる事なんてできないんだ──
誰かのオンナになって、その男の籠の中でしか生きられない。
春に散った桜の花片は、吹かれた風に流れ流され……はらはらと、薄汚れた水面の上に落ちて小さな波紋を作る。
含んだ泥水に塗れながら沈み、やがて行き着く場所は……
初めて見る、汚れきった『泥の底』なのかもしれない───
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