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第352話

「まだパニクってるようだから、説明してあげるよ。 姫を抱っこしてるソイツは、太田基泰(もとやす)。俺とは古くからの仲で、お互いをよく知る……いわば同志だ」 「……」 「昔から俺達は、何かと共有し合う。食べ物も音楽も、付き合う女もセックス相手も……ね」 言いながらベッド端に腰を掛け、スッと僕に手を伸ばす。その手のひらが、僕の頭をぽんぽんした後、優しく頬を包み込む。 向けられたのは、小動物でも愛でるかのような優しい瞳──ホテルでの、あの冷たさは一切感じない。 「そして、ここは俺達の城だ。 今からお姫様は、この基泰(ヤス)と俺の所有物になるんだよ。 俺達二人が姫を外敵から守って、たっぷり愛でてやるから……安心しな」 「……」 その手が顎に掛かり、クッと持ち上げられる。 一体、どういうつもりなんだろう。 お姫様なんて言ってるけど、二人で僕を飼うって事だよね。 ……そこにいる、蕾のように。 「まずは、体調を整えて貰わないとね。 ……点滴を用意したから、暫くは安静にしてて貰うよ」 所々染みのある、色褪せた白い天井。 80年代に流行っただろう、花を模したシャンデリアのような照明。 白いレースカーテン。 繋がれた、点滴管。 いつの間に眠ってしまったんだろう。 ゆっくりと瞬きをひとつして、視線を落とす。 ホテルにいた時と同じ、左腕の内側にその管が繋がっている。 ミーンミンミン…… 秋の気配を感じるそよ風。それに靡くカーテンの向こうから、夏を惜しむかのように、けたたましい蝉の音が聞こえる。 いつの間に、そんな季節になったんだろう。そんな事をぼんやりと考える。 考えみれば……僕は今までずっと、誰かに囚われながら生きてきたような気がする。 強い決意を持ち、自ら茨道を切り開いた事なんてない。 置かれた状況に縋り、ただ耐えていただけ。 「………」 ぼんやりとしたまま、他に音のない部屋の中で、小さく息を吐く。 環境の変化と共に、人は変わり成長する。──だけど、僕だけは変わらない。 こうして誰かの手の中で、生かされているだけなのだから。

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