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第355話
───あっ、ぁあんっ、!
玄関の中に入るなり、力の抜けるような女性の喘ぎ声が聞こえた。
身体に緊張が走り、繋がれた手をきゅっと握る。
『………緊張してんのか?』
『……』
『安心しな。俺がついてる』
薄暗い廊下。
ぽつんと小さな、暖色系の照明。
その家特有の臭い。
左側にある階段を見送り、更に奥へと進む。中も手入れが行き届いてなく、廊下の隅には綿埃が溜まっている。
心なしか、空気も重い。
雨のせいだろうか。
やけにひんやりとする。まるでこの家だけ冬のように……だけど、じめじめとした湿気だけは残っている。
突き当たりの入口に、橙色の玉砂利が吊り下がっているのが見える。……台所だろうか。
「……」
基泰が足を止め、僕から手を離す。
向かって左手にある部屋の前に立ち、威勢よく襖を開けた。
「……あ、ぁあっ、ん……」
「ん、……ゃあぁ……」
「──はぁ、はぁ、はぁ、」
障子を閉め切った、8畳程の薄暗い和室。
AVの映像が流れる中、数人の男女が裸で抱き合い、淫らな行為に勤しんでいる。
それはまるで、初めてゲイパーティーに参加した時に見た、乱交そのもので……あまり気分の良いものじゃない。
鼻につく、ツンとした特有の臭い。それに混じり、何処かで嗅いだ事があるような……甘い匂いがふわりとする。
『おい、イチ! 簡単に食えるメシと、スポドリ何本か用意しとけ』
基泰がそう言い放った途端、男達の視線が一斉に向けられる。
その瞳は何処か異色を放ち、基泰の陰に隠れて立つ僕を、上から下から舐るように見る。
『………うっす、』
一番近くにいたスキンヘッドの男が、答えながら頭を軽く下げる。
よそ見は許さないとばかりに、組み敷かれた女がイチの後頭部に手を回し、強引に引き寄せる。
『………』
良く見れば、気分が高揚し過ぎているのか……女性達は恥ずかしげもなく裸体を曝し、嬌声を上げ、淫らに足を絡めながら男達に貪りついていた。
『………誰だ、ありゃ』
『若葉の血筋を引いてる奴、だってよ』
『……若葉?』
『何だお前、知らねぇのかよ』
『スネイクの性欲モンスターが女を食い荒らさなくなったのは、ソイツの尻の具合が良かったからだって話だぜ』
『マジかよ……』
『……ああ、堪んねぇな。男に興味はねぇけど、一度ヤってみてぇ……』
女を抱きながら、男達が口々に言い交わす。
『早いとこ、こっちに回してくんねーかな』
『明日には下りてくんだろ』
『だな』
『……だな』
『したら俺、1番』
『クソが。テメェは最後だ』
閉められた襖の向こうから聞こえる、男達の戯れ言。
好き放題言っているその内容に、ゾクッと身体に悪寒が走る。
『気にすんな。……アイツらには指一本、触れさせねぇから』
僕の背中に基泰の手が回る。
安心させるように肩を抱き、グイと引き寄せる。
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