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第364話
──まさか、蕾が……?
蕾を見つめながら、徐にケットを折り畳む。
小さくなったそれを胸の前で抱え、そっと椅子から立ち上がる。
これ、返した方が……いいよね……
「……」
怖い──手足が、呼吸が震える。
けど、怖くない。
大丈夫。
蕾のスイッチが切り替わるものは、この部屋の中には無いんだ。
大丈夫。大丈夫。
何度もそういい聞かせながら、一歩、また一歩と蕾に近付く。
「……」
傍らに立ち、上から顔を覗き込めば、蕾は目を瞑って寝息を立てていた。
そこに邪心はなく、少しだけ面長で整った顔立ちながら、幼子のように無防備な様子で眠っていて。
……何だろう。良く解らない、不思議な感覚に襲われる。
抱えていたケットを広げ、胎児のように身を縮めて横向きに眠る蕾に、そっと掛ける。
細くて柔らかそうな赤い髪。その毛先が、掛けた時に起こった小さな風に煽られ、ふわりと浮かぶ。やがて元の場所に着地すれば、重みでさらさらと滑り落ちる。
その横髪が、瞼や長い睫毛に掛かり、思わず手を伸ばす。
が、触れる直前で思い留まり、直ぐにパッと引っ込める。
「……」
やっぱり、兄弟だからか。
姿形はモルに良く似ていて……多分、そのせいなんだろう。つい心を許してしまいそうになる。
あの夜の事は、……未だに許せていないのに……
踵を返し、食べ散らかしたカウンターへと静かに戻る。
怒鳴り声に脅える蕾。
基泰や屋久に忠実な蕾。
僕を気に掛ける蕾。
暗闇の中で襲い掛かる、蕾──
脳裏に次々と浮かんでは消える、様々な蕾の表情。
同じ一人の人間なのに、その側面は全然違っていて。
どれが本当の蕾なのか……見失いそうになる。
「……」
触れようとした手のひらを広げ、じっと見つめる。
何故かは解らないけど……蕾の事を考えるだけで、心が震えて止まらない。
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