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第364話

「──姫さ」 「……」 向けられる、蒼い瞳。 間接照明のせいか。柔らかな橙色を取り込み、妖しげな色に染まったその瞳が小さく揺れる。 「玄関開けて直ぐ気付いたと思うけど、輩に抱かれて喘いでる女が何人かいただろ。 ……あれ、みんな基泰の元オンナだから。飽きたからって、後輩にすぐ譲った(下ろした)んだよな」 「馬鹿野郎。人聞き悪い事言うんじゃねぇよ。あれは……」 「あれは?」 「………あぁ、もう止めろ!」 「ハハ。それじゃあ、認めるんだね」 声を荒げる基泰に対し、飄々とした態度の屋久。 酒を呑み交わし、他愛のない会話ながら楽しそうに話を弾ませている。 端から見ていても解る。二人は本当に仲が良いんだって事に。 「……」 ここに来て、まだ数日しか経っていないけど……僕は、二人からもっと非道い仕打ちをされるんだと思っていた。 初日にされたような事が毎晩行われて……いずれ、心までバラバラに壊されてしまうじゃないかって。 だから、こんな風に──会食するなんて、思わなかった。 外の世界では、普通に溢れている光が、この泥の底にある世界にまでは届かないと思っていたから。 「ところで姫。全然食べてないようだけど……口に合わない?」 「……」 「……じゃあ、これならどうかな」 僕の顔を覗き込んだ後、そう言って屋久が手を伸ばしたのは、紙製の容器に入ったローストビーフ。 他は全て皿に盛りつけられているのに、どうして…… 小さな違和感を感じる僕を他所に、屋久が新しい取り皿に取り分ける。 「お姫様の為に、特別に注文しておいたんだよ。 何処の店の料理(もの)か、解るかな?」 ふわっと香る、食欲をそそる優しい匂い。 ローストビーフに添えられているのは、グレービーソースが一緒に掛かった、マッシュポテト。 「……」 まさか…… そう思ったら、何だか落ち着かない。 脳裏を掠めたのは……寛司と一緒に食べながら、甘く熱い夜を過ごした── そんな、まさか…… 「──!」 マッシュポテトを掬い、口に含んだ瞬間、それは確信に変わる。 「そう。倫の店のだよ」

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