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第366話
「大人しくて引き籠もりがちだった弟が、突然家を飛び出して──去年の今頃かな。親父の名を借りながらも、道具屋として自立してね。
可愛い弟の為にと、数々の悪事にも目を瞑って、影ながら支えてきたけど……
余りに姫が不憫で、助けたくなったんだ」
「……」
テーブルに片肘を付いた屋久が、口の端をクッと持ち上げる。
「可愛いって……
俺には全然懐かねぇし、可愛げの欠片もねぇ基和 の為に、ひと肌脱ごうなんざぁ、俺は一度も思った事ねぇけどな」
基泰が、ケッと吐く。
「確かに。
……基和は、何故か俺にだけ懐いたんだよ。恐らく、他所から来たという点が僕と同じだったから……親近感が湧いたのかもしれないね」
「──いや」
屋久の言葉に、間髪入れず基泰が待ったを掛ける。
「基成を見る目は、異常だったぜ」
「……そう?」
「そうだよ。……あぁ、思い出した。
確か、お前がチームのトップから外された時、凄ぇ形相で基和が屋敷を飛び出しちまってさ。
何処で何してるか全く解んねぇまま、半年位経ったある日。突然ふらっと俺達の前に現れたと思ったら、基成の顔を見るなり──『若葉の息子を、見つけた』だぜ。
お前が若葉に拘ってんのを知ってて、ずっと探してたって事だよな」
「………さぁね。偶々だよ」
「……」
僕が、聞いてた話と違う。
吉岡自身から出た話と、屋久の口から出た話を比べると、吉岡の印象がまるで違う。
だから……何が本当か、何が嘘なのかは解らないけど──
僕を見つけたのは、本当に偶々だと思う。
話を続ける二人を他所に、ローストビーフをひと口だけ、口に含む。
ジャラッ……
突然。
僕の背後から鳴り響く、太い鎖が擦れ合うような、金属音。
その瞬間──ここが泥の底だという現実が、否応なく襲ってくる。
……ジャラ、ジャラ
四人掛けのテーブル。
僕の隣の席には、誰もいない。
ただそこに、闇が広がっているだけ──
「……」
振り返らなくても解る。
鎖で繋がれた蕾が、犬のように両手を付き、床の上に転がった皿に顔を突っ込んで、食事をしている事に。
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