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第367話
こんな異常な状況の中、目の前の二人は何事も無かったかのように振る舞っている。
殆ど口も聞けない蕾。
文字通り、二人の従順な飼い犬。
幾ら犯罪者だからって。
幾ら、他では生きていけない人間だからって……
扱いが、酷すぎる。
「──姫」
呼ばれて、ハッと我に返る。
何処か彷徨い定まらなかった視線を屋久に向ければ、僕の心の底を見透かすように、二つの蒼い瞳がじっと見据える。
「弟の目を誤魔化す為とはいえ、姫には非道い事をしたと思っている。
基泰も、ここに来たばかりの君に随分な事をした。
……何か、お詫びをさせて欲しい」
「……」
お詫び……?
何か。
何かって……
「……」
じわじわと白んでいく脳内。
その中に、ぼんやりと蘇ったのは……優しく僕の頭を撫でる、温かな手のひら──
もし、どんな願いも叶えてくれるのなら……
何でもいいというのなら──会いたい。
アゲハにも、モルにも、ハイジにも、寛司にも──竜一、にも……
会いたい。
会いたい。
会いたい───
走馬灯のように、目の前にそれぞれの顔が浮かんでは消えていく。
思い出しただけで、胸の奥がじわりと熱くなり、鼻の奥がツンと痛む。
……でも……
吉岡が僕にしてきた数々の仕打ちの詫びが、このローストビーフだ。
そんな事を口にしたら、きっと……
想像しただけで、背筋が震える。
囚われの僕は、囚われの身らしいものを要求しなくちゃ。
「俺や基泰に、して欲しい事でもいい。何かひとつ位、あるだろう……?」
ジャラ、ジャラッ……
──ベチャビチャ、んぐんぐっ………ズ、ズズズーッ
背後足下の闇から聞こえる、不穏な音。
一体蕾は、何を食べさせられているというんだろう。
「………自炊、が……したい」
咄嗟に口をついて出たのは──随分と現実的な要求。
その答えを耳にした屋久は、満足げに口角を持ち上げ、氷の仮面でも被ったかのような微笑みを返す。
「解った。……近々、必要なものを揃えておくよ」
「……」
どうして……自炊なんて、言ったんだろう。
瞳に映る、ローストビーフ。
一瞬。
……ほんの一瞬だけど。
蕾に、ちゃんとしたものを食べさせてあげたい……
そう思ってしまった。
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