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第370話

余り、喋らない。 ご飯の食べ方も、知らない。 きっと、まともな教養も受けていなかったんだろう。 蕾は……一体どうやって、ここまで生きてきたんだろう。 そう思うと、胸の奥がツキンと痛む。 「……うん、そう。上手だね」 夕食に出したのは、あり合わせで作ったカレーライス。 ガッ、ガッ…… 顔を皿に近付け、背中を丸めて犬食いをする蕾。 幼子が握るみたいに逆手だけど、何とかスプーンを使って食べられている。 『さくら……そうそう。上手だねぇ』──僕がまだ小さかった頃、おばあちゃんがそう言って、僕がスプーンを掴んで食べるのを褒めてくれた。 アゲハとは違って幼稚園に行かせて貰えなかった僕は、ネグレクト状態で。異変に気付いたおばあちゃんが一緒に住むまで、殆ど喋らない、発達の遅れた子供だった。 身体の成長は勿論、脳の発達や日常生活を送る事さえ……ままならなかったらしい。 部屋の隅で小さく丸まっていた僕に、笑顔を向けてくれたおばあちゃん。 僕に寄り添って、愛情を注いでくれた。 色んな事を僕に教えてくれた。 生きる為の、料理まで。 「……」 似てる…… そう思わずにはいられない。 いま目の前にいる蕾は、もしおばあちゃんがいなかった時の……僕だ。 ……そう思うと、胸が痛む。 ガツッ、ガッ…… スプーンが皿に当たり、直ぐに金属と歯のぶつかる音が響く。 余程お腹が空いているんだろうか。 それとも……がっつく位、美味しいと思ってくれているのかな。 蕾から目を離し、カレーをひと口掬って食べる。 何の変哲もない……普通の味。 「……」 でも、何でだろう。 嬉しい。 「………あっ、あ……」 頭を上げ、蕾が身体を起こす。 テーブルや口周りは勿論、胸元や太股辺りにまでカレーが沢山零れていた。 「………大丈夫、だよ」 椅子を回転させ僕の方へ向けさせた後、濡れた台拭きで汚れた箇所を拭う。 胸元、裾口、……そして、下肢。 染みて中々取れず、擦っていて──気付く。 「……」 蕾の前に立ち、開かれた両膝の間に顔を寄せている事に。

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