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第371話
ハッとして顔を上げれば、きょとんとした顔の蕾と目が合う。
「……」
そうだ。
ここには、蕾を猟奇的にさせるものはないんだ……
変に意識してるのは僕だけで、蕾は全然感じてない事に、恥ずかしさが込み上げる。
「………あっちで、綺麗にしよう」
ザァァーッ
汚れた服を脱がせ、蕾と一緒にバスルームへと入る。
口も手も、カレーに塗れた蕾の身体にシャワーを当てれば、脅えたように背を向け、しゃがんで小さく縮こまる。
その姿は、まるで幼い頃の僕を見ているようで……
「……」
ツキン、と胸が痛む。
別に、蕾を怖がらせるつもりなんて……
シャワーヘッドをフックに掛け、蕾の前に両膝を付く。震える背中。そっと肩に手を添えれば、痙攣したかのように、ビクンと大きく跳ね上がる。
「怖がらないで……」
両腕を伸ばし、背後からそっと抱き締める。
勢い良く出るシャワーのお湯が、音を立てて排水溝へと流れていく。
「………大丈夫だよ、蕾」
飛沫が掛かり、僕の後ろ髪やシャツをじわじわと濡らす。
トクン……
……トクン、トクン、トクン……
蕾の背中から伝わる心音。
それが、僕のと混ざり……やがて重なる。
……温かい。
不思議……幼い頃の僕を抱き締めているような気がする──
「………蕾」
「……」
シャワーの音で掻き消えそうになる声。
だけど、ちゃんと届いたらしく、その声に縋るようにゆっくりと振り返る。
「怖がらせて、ごめんね」
「……」
「………もう、しないから」
間近でそう囁けば、眉尻を下げた蕾が小さくこくんと頷く。
僕の方へと身体を向けると、甘え縋るように僕にしがみつき、胸元に顔を埋めてくる。
「……」
蕾は、幼い頃の心のまま、成長が止まっているのかもしれない。
それは多分、幼い頃に受けた強いショックが原因なんだろう。
……僕も、母に殺されかけた。
きっと蕾も……
「──!」
蕾の手が、僕の脇に触れる。
驚いて蕾を見れば、視界の端に映ったのは──濡れて張り付くシャツが透けて、浮かび上がるピンクの突起。
「……」
「……」
だけど──スイッチのないこの空間では、恐れる事なんか何も無い。
大丈夫。
現に蕾は、純粋な瞳を僕に向けているのだから──
「………そろそろ、出よう」
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