375 / 558
第372話
蕾の髪を、ドライヤーで乾かす。
綺麗な赤い髪。
サラサラとして細く、手触りがいい。
少し前まで、五十嵐にこうされていたのを思い出す。
あの時は、自分が都合の良い人形にされたようで、あまりいい気分じゃなかったけど……
蕾は、どうなんだろう。
僕にこうされて、嫌な気持ちになったりしないかな。
「──!」
ドライヤーをかけ終わると同時に、振り返った蕾が僕にしがみつく。
その勢いに圧され、体勢を崩して尻餅をついてしまった。
それでも尚、蕾は僕の両脇に腕を通し、胸元に顔を埋めて縋りつく。
「……」
不安、なのかな……
さっきのシャワーのせいで、何かのトラウマが蘇ってしまったんだろう。
こういう時、誰かに触れられていたい気持ちが、痛い程解る。
思い出されるのは──アゲハの温かな手。
不安で、不安で……押し潰されそうだった僕は、無断でアゲハのベッドに潜り込んでいた。
アゲハの匂いに包まれていると……安心したのを憶えてる。
「……大丈夫だよ、蕾」
蕾の頭を、そっと撫でる。
そうしながら、アゲハに撫でられていた感触がふと蘇る。
温かくて……安心する手──
アゲハを嫌って、憎んで、拒絶していた癖に……潜在意識の中では、ずっと求めていたなんて……
「蕾」
囁くように声を掛ければ、蕾が顔を上げる。純粋で、綺麗な瞳。
まさか、今度は僕が撫でる側になるなんて、思いもしなかった。
「………一緒に、寝よう」
「……」
僕をじっと視ながら、蕾がこくんと頷く。
同じベッドの中、蕾と向かい合って横になる。
つい昨日までは、バラバラに寝ていたというのに。
ふわりとする、蕾の匂い。
まだ身体が恐怖を憶えていて、勝手に震えてしまうけれど……平気。
もう、怖くない。
「おやすみ」
「……」
間近で蕾をじっと見つめれば、蕾が何かを言いたげに唇を動かす。
……まだ、不安なんだろう。
そっと手を伸ばし、蕾の髪を撫でる。柔らかくて、指通りの良い髪。
それに反応した蕾が、遠慮がちに擦り寄ってくる。
そんな蕾をきゅっと抱き締めれば、間近で蕾の穏やかな息遣いが聞こえた。
ともだちにシェアしよう!