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第372話

蕾の髪を、ドライヤーで乾かす。 綺麗な赤い髪。 サラサラとして細く、手触りがいい。 少し前まで、五十嵐にこうされていたのを思い出す。 あの時は、自分が都合の良い人形にされたようで、あまりいい気分じゃなかったけど…… 蕾は、どうなんだろう。 僕にこうされて、嫌な気持ちになったりしないかな。 「──!」 ドライヤーをかけ終わると同時に、振り返った蕾が僕にしがみつく。 その勢いに圧され、体勢を崩して尻餅をついてしまった。 それでも尚、蕾は僕の両脇に腕を通し、胸元に顔を埋めて縋りつく。 「……」 不安、なのかな…… さっきのシャワーのせいで、何かのトラウマが蘇ってしまったんだろう。 こういう時、誰かに触れられていたい気持ちが、痛い程解る。 思い出されるのは──アゲハの温かな手。 不安で、不安で……押し潰されそうだった僕は、無断でアゲハのベッドに潜り込んでいた。 アゲハの匂いに包まれていると……安心したのを憶えてる。 「……大丈夫だよ、蕾」 蕾の頭を、そっと撫でる。 そうしながら、アゲハに撫でられていた感触がふと蘇る。 温かくて……安心する手── アゲハを嫌って、憎んで、拒絶していた癖に……潜在意識の中では、ずっと求めていたなんて…… 「蕾」 囁くように声を掛ければ、蕾が顔を上げる。純粋で、綺麗な瞳。 まさか、今度は僕が撫でる側になるなんて、思いもしなかった。 「………一緒に、寝よう」 「……」 僕をじっと視ながら、蕾がこくんと頷く。 同じベッドの中、蕾と向かい合って横になる。 つい昨日までは、バラバラに寝ていたというのに。 ふわりとする、蕾の匂い。 まだ身体が恐怖を憶えていて、勝手に震えてしまうけれど……平気。 もう、怖くない。 「おやすみ」 「……」 間近で蕾をじっと見つめれば、蕾が何かを言いたげに唇を動かす。 ……まだ、不安なんだろう。 そっと手を伸ばし、蕾の髪を撫でる。柔らかくて、指通りの良い髪。 それに反応した蕾が、遠慮がちに擦り寄ってくる。 そんな蕾をきゅっと抱き締めれば、間近で蕾の穏やかな息遣いが聞こえた。

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