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第392話

いつの間にか、蕾と重なるようにして薄らと現れた子供の僕が、ゆっくり此方へと振り向く。 恐怖に脅え、小さく揺れる瞳── 「……」 「……大丈夫、だよ」 小さく、そう呟く。 その言葉を受けた幼い僕は、ハッと息を飲んだ表情を見せた後、スッと消える。 その直後、声に反応した蕾が、ゆっくりと僕の方へ顔を向けた。 「そんなに、怖がらないで」 僕の声に、蕾がぴくんと反応する。 脅えた様子で俯く蕾に、そっと両手を伸ばし、蕾を身体ごと全部包み込んで抱き締める。 ずっと僕が、そうされたかったように。 酷く脅えて震える身体。それが、次第に落ち着きを取り戻していく。 乱れた呼吸は整い、ゆっくりとだけど、僕の胸の中で強張りが解けていき、身を委ねようとしているのを感じた。 ……それに、酷くホッとする。 「……」 蕾を許すとか、赦さないとか……今はどうでもいい。 それよりも……打ち明けてくれた事でフラッシュバックが起き、苦しんでいる蕾をどうにかしてあげたかった。 「……おかしくなんか、ないよ」 「……」 「もし、蕾と同じ立場になったとしたら、きっと誰だって、そうなっていた筈だから──」 抱き締める手に、きゅっと力を籠める。 あの時僕が欲しかったのは、光のある所から差し伸べてくれる手なんかじゃない──同じ場所まで降りてきて、そっと隣で寄り添ってくれる、『誰か』。 「……」 だけど、僕はもしかしたら、蕾の気持ちを半分も解ってあげられていないのかもしれない。 蕾が欲しいものとは、違うのかもしれない。 ──それでも。理不尽で、日常的な虐待を受けながら育ってきた辛さなら、解ってあげられると思う。 トクン、トクン、トクン、トクン…… 蕾の心音を感じる。 僕のそれと共鳴し、重なっていく度に……心と心が、触れ合ったような気がする。 「……」 蕾もそう感じたのか。 怖ず怖ずと、僕の背中に手を回す。 シャツにそっと触れ、掴んだ瞬間──弾かれたように手を離し、慌てて僕から逃れようとする。 「………で、でも……さわったら……」 「いいよ。罰なら、僕が代わりに受けるから」 「……でも……」 恐怖に支配され、雁字搦(がんじがら)めになっている蕾を、今度はしっかりと抱き締める。 「守るから」 「……!」 「蕾が、モルを助けようとしたように……」 咄嗟に出た言葉。 ……だけど、嘘なんかじゃない。 恐怖に支配され続けている苦しみを、解き放してあげたい。 人間らしい生き方を、教えてあげたい。 おばあちゃんが僕に寄り添って、料理を教えてくれたように。 ──今度は、僕が……

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