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第393話
×××
後ろで無造作に縛った、細くて艶やかな赤い髪。
耳に掛かっていた横髪が、俯く度にさらさらと落ちる。
カウンターに並ぶ、遅めの昼食。
肉じゃがと冷や奴。ご飯に味噌汁。大きめのスプーンを逆手に握り締め、お皿に顔を近付けて犬食いする蕾。
「……」
相当お腹が空いていたんだろう。
ガチンッ、……と、スプーンを前歯で囓る音が、隣から何度も聞こえてくる。
5歳までは人間らしく育ったはずなのに。行動も会話も、恐らくそれ以下の年齢にしか感じない。
強い衝撃 のせいで、脳が萎縮してしまったんだろうか。
……それでも。
モルを助けようと、小さな身体で大人に立ち向かって……
そう思うと、胸の奥がズキンと痛む。
「……」
それに──思わぬ形で、モルの壮絶な過去を知ってしまった。
今までモルから、そんな素振りも雰囲気も、感じた事なんかない。
僕の中にいるモルは、いつだって明るくて、頼りになる存在だったから。
『優しく教えてあげなよ、類くん』──スネイクのアジトに連れていかれたあの日。
あの展望台の駐車場で、吉岡がモルに意地悪くそう言ったのは……恐らくあそこが、事件の現場近くだったからだ。
落ち着かないモルに例の動画を見せ、更に動揺させて……その信憑性を高めて僕を騙そうとしたんだろう……
『信じて下さいッス。……姫』──あんなに必死で、僕に訴えていたのに。
「………そんなに慌てなくて、いいよ」
「……」
そう声を掛ければ、蕾が驚いた顔を此方に向ける。
「……」
まるで、あの時の僕みたい。
何日か食事を与えられず、お腹を空かせていた僕の為に、おばあちゃんが作ってくれた肉じゃが。
……美味しくて。
美味しくて。美味しくて。美味しくて。
心の赴くままに、無我夢中で口の中へと掻き込んでいたら……頬張りすぎて、喉を詰まらせてしまって……
「ご飯は、逃げていかないから」
「……」
おばあちゃんに言われた言葉──
真っ直ぐ僕を見つめていた蕾が、口の周りにお弁当を付けたまま、小さくこくこくと頷く。
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