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第394話

蕾の話を聞いてから、失せていた食欲。 でも、蕾が余りに美味しそうに食べるから……少しだけ食べてみようかな、という気に変わる。 少し煮崩れたじゃがいも。箸でそっと摘まんで、僅かに開けた口元へと運ぶ。 「……」 ……そういえば。 はたと気付き、口に入れる寸前で止まる。 以前真木が、新人教育と称し捕まえた響平を襲って自白するよう、モルにけしかけたって言ってた。 でも、屋久の話だと……その役は蕾がやったって…… ──もしかして。 二人は同じ時間、同じ現場に居合わせていて……けしかけられて困惑しているモルを、蕾が庇って助けた……とか……? 「………」 想像なら、容易にできる。 恐らく目隠しをしていたんだろう蕾が、命令される前に、自ら目隠しを外して── 「……」 そんな蕾が、病気だとか、おかしいとか……そんな筈がない。 優しくて──今でも弟想いの、良いお兄さんだと思う。 こんな……首に鎖を括られて、犬のような扱いをされていい筈がない。 幾らこの空間でしか、まともに生きられないのだとしても。 「……ああ、美味そうな匂いだな!」 ──バタンッ ドアの閉まる音が響き渡る中、此方へと向かってくる足音と共に、突然聞こえた大きな声。 驚いて振り返れば、そこにいたのは……口の片端を緩く持ち上げた、基泰。 「肉じゃが……か。これ、さくらが作ったのか?」 「………」 僕の背後に立ち、身体を密着させるようにしてカウンターに左手をつく。そして、もう片方の手で器の中の肉をひょいと摘まむと、僕の頭上でそれを口内へと放り込む。 「美味いな」 「……」 「……俺の分は、ねぇのか?」 カウンター奥のコンロに視線を移した後、基泰が蕾の皿を睨む。 「……よかったら……僕の……」 「………」 怖ず怖ずとそう声を掛ければ、基泰の顔が僕の肩口へと寄せられ…… 「さくらが、あーんしてくれんなら……」 耳元で囁かれる声。 耳の後ろや首筋に掛かる、熱い吐息。 基泰の、匂い。 「……」 それまで感じていた基泰とは違う雰囲気に、……少しだけ戸惑いながら、俯く。

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