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第410話 静けさの中で

××× あんなに触って欲しいと疼いていた身体が、喫茶店での一件以降、急速に大人しくなった。 隣で寝ていても、一緒に食事をしても、笑いかけられても………もう、何も感じない。 感じたくもない。 だって。単なる逆恨みで、寛司を殺したんだから─── 柔らかな陽の当たる場所。 そこにハンガーラックを設置して、手洗いした洗濯物を干す。 簡単に床掃除をし朝食を摂った後に行う、ほぼ日課となった家事のひとつ。 使い古した物干し竿なら、外に一本掛かっている。けど、こうして部屋干しをするのは……窓が半分も開けられないよう、細工が施されてあるから。 脱走防止の為なんだろう。……でも、真下にはゴツゴツとした岩のような石が転がっているし、一階には常に手下の男達が控えている。怪我を覚悟でここから飛び降りたとしても、異変に気付いた男達に見つかって、きっと捕まってしまう。 ……逃げたくても、逃げられない。危険を冒してまで逃げようなんて、最初から思わないのに。 窓越しに下を覗いた後、睫毛を上げて遠くの景色を眺める。様々な形の建物と、雲ひとつ無い青空。そこに重なるようにして、窓ガラスに薄ぼんやりと僕の顔が映り込む。 ………何て、情けない顔…… 女の子みたいに弱々しくて、寂しげに虚ろって……何だか頼りない。 こんなんだから、こんな所に押し込められて、いいようにされるんだ。 寛司(大切な人)を殺した、二人に……… 「……」 まだ、胸の奥が苦しい。 息が出来ない。──寛司を思う度に。変わり果てた最期を思い出す度に。 やっと塞がってきたと思っていた心の傷が、容赦なく抉られて……痛い。 自分達の手で大きく育てたスネイクを、奪い返そうとするだけなら……まだ良かった。 寛司を追い出すだけで、良かった筈なのに。……どうして、命まで─── 睫毛を下げ、顔を逸らし、ガラスに映る全てのものから目を背ける。 陽の当たる場所。明るい光に溢れる中、くっきりと形取られる、僕の影。 静かに窓を離れ、その陽だまりにそっと腰を下ろす。膝を抱えて背中を丸めれば、暖かな陽射しが僕を優しく包み込んでくれた。

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