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第414話

逆手だったスプーンの持ち方が、いつの間にか大人の持ち方へと変わっている事に気付く。 皿の上いっぱいにあるチキンライスを掻き込み、口いっぱいに頬張る蕾。もぐもぐしながら時折見せる、柔らかくて幸せそうな表情。 この数日間で、随分と人間らしくなった。 初めて蕾を見た時は、無機質で犯罪者の眼をしていて……屋久にしか心を開かず、飼い慣らされた犬のような仕草しかしていなかった。 それが、今こうして僕が傍にいても落ち着いているし、もうお皿に顔を突っ込んで食べたりしない。 「………さくら?」 その様子を隣の席から眺めていれば、ふと蕾の手が止まり、不思議そうに僕の顔を覗き込む。 「……食べ方、上手になったなぁって、思って」 「うん。……俺、上手。さくら、の……ために、がんばってる」 照れ臭いのか。僕に甘えているのか。子供特有の、少し舌っ足らずな喋り方。 脅えるだけで殆ど喋らなかった蕾が、自らの意思で本当に良く喋ってくれるようになった。 「僕の……?」 「……うん」 「どうして?」 「俺、さくら……好き、だから」 「……」 真っ直ぐに向けられる言葉。 照れつつも、屈託のない笑顔。 蕾の過去を聞いて、僕がそれを正面から受け止めたから……なのだろうか。 蕾が僕に、心を開いてくれているような気がする。 「さくら。……これ、食べおわったら………俺、さくらと一緒に、おふろ入りたい」 「……え……」 思ってもみない言葉に、驚く。 それまでの蕾は、僕に触れるのを極度に怖がっていて、何処か一線を引いていたから。 それは『許可無く姫に触ってはいけない』という、屋久の命令に忠実に従っているというのもあるけど…… もし、思いもよらない何かがトリガーとなって、豹変してしまったら……自分でも止められない衝動に襲われる恐怖に、酷く怯えているからなんだろう。 「………だめ?」 不安げに、上目遣いで僕の顔色を伺う。 拒絶されるのを恐れているかの如く、微かに黒い瞳が揺れる。 その中に映る、戸惑った表情(かお)をした僕。 「……」 もし、ふとした気の緩みで、蕾の豹変スイッチが入ってしまったとしたら…… 傷付くのは、僕だけじゃない。 きっと罪悪感から、心を閉ざしてしまう。 「……さ、触らない……から、」 「………」 懇願とは違う。弱々しく吐き出される声。目を伏せ、苦しそうに眉間に皺が寄せられる。 もし、ここで僕が断ったら……拒絶されたショックで全てを諦めてしまうかもしれない。 昔、僕がそうだったように─── 「………うん。一緒に入ろう」 口の両端を持ち上げてそう答えれば、緊張して強張っていた蕾の表情が緩み、パッと明るい笑顔を見せる。 「……」 心配する事なんてない。 元々この部屋には、蕾を豹変させるスイッチなんて最初から無いのだから。

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