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第412話
逆手だったスプーンの持ち方が、いつの間にか大人の持ち方へと変わっている事に気付く。
皿の上いっぱいにあるチキンライスを掻き込み、口いっぱいに頬張る蕾。もぐもぐしながら時折見せる、柔らかくて幸せそうな表情。
この数日間で、随分と人間らしくなった。
初めて蕾を見た時は、無機質で犯罪者の眼をしていて……屋久にしか心を開かず、飼い慣らされた犬のような仕草しかしていなかった。
それが今は、こうして僕が傍にいても落ち着いているし、もうお皿に顔を突っ込んで食べたりしない。
「………さくら?」
その様子を隣の席から眺めていれば、ふと蕾の手が止まり、不思議そうに僕の顔を覗き込む。
「………食べ方、上手になったなぁって、思って」
「うん。……俺、上手。さくら、の……ために、頑張ってる」
照れ臭いのか。僕に甘えているのか。子供特有の、少し舌っ足らずな喋り方。
脅えるだけで殆ど喋らなかった蕾が、自らの意思で本当に良く喋ってくれるようになった。
「僕の……?」
「……うん」
「どうして?」
「俺、さくら……好き、だから」
「……」
真っ直ぐに向けられる言葉。
照れつつも、屈託のない笑顔。
蕾の過去を聞いて、僕がそれを正面から受け止めたから……なのだろうか。
蕾が僕に、心を開いてくれているような気がする。
「さくら。……これ、食べ終わったら………俺、さくらと一緒に、お風呂入りたい」
「え……」
思ってもみない言葉に、驚く。
それまでの蕾は、僕に触れるのを怖がっていて、何処か一線を引いていたから。
それは『許可無く姫に触ってはいけない』という、屋久の命令に忠実に従っているというのもあるけど……
もし、万が一、思いがけないスイッチによって豹変してしまったら、自分でも止められない衝動に襲われる恐怖が勝っていたからなんだろう。
「………だめ?」
不安げに、上目遣いで僕の顔色を伺う。
拒絶されるのを怖がっているかのように、微かに黒い瞳が揺れる。
その中に映る、戸惑った表情 をした僕。
「……」
もし、ふとした気の緩みで、蕾の豹変スイッチが入ってしまったとしたら……
傷付くのは、僕だけじゃない。
罪悪感から、きっと心を閉ざしてしまう。
「……さ、触らない……から」
「………」
懇願とは違う。弱々しく吐き出される声。目を伏せ、苦しそうに眉間に皺が寄せられる。
もし、ここで僕が断ったら……拒絶されたショックで全てを諦めてしまうかもしれない。
昔、僕がそうだったように──
「………うん。一緒に入ろう」
口の両端を持ち上げてそう答えれば、緊張して強張っていた蕾の表情が緩み、パッと明るい笑顔を見せる。
「……」
心配する事なんてない。
元々この部屋には、蕾を豹変させるスイッチなんて最初から無いのだから。
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