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第413話
ポチャン……
蛇口から水が滴り落ち、湯船に波紋を作る。
二人で入るには、少し窮屈な浴槽。そこに相向かいになって沈み、ぶつからないよう小さく足を折り畳む。
濡れた髪。肩に掛かる程長くなってしまったそれを、後ろでひとつに纏めた後、首を少し傾げ、首筋を晒した方に掛ける。
その様子をじっと見つめていた蕾が、徐に口を開く。
「……さくら、俺……」
「……」
「今日、すごく……良い夢、みた」
「………夢?」
「うん。……俺、この病気治って……それで、さくらと結婚する」
「……え……」
熱さのせいか。照れているのか。目を伏せ俯いた蕾の頬が、ほんのり赤く染まっている事に気付く。
「──俺、さくら好き。
さくら、助けたい。……ここじゃ、ない……どこか、連れていきたい」
「……」
「そのために、俺……頑張る。もっと強く、なる」
意を決したように、蕾が顔を上げる。
少し寄せた眉根。真っ直ぐ向ける双眸。
その瞳は潤みながら光を取り込み、力強い意思を示していて……
「………」
……蕾が、僕を……?
蕾の台詞に、驚きを隠せない。
そんな風に思って、頑張っていたなんて……
……でも……こんな時、何て言っていいのか解らない。
それは余りに現実からかけ離れていて、文字通りの夢物語に過ぎないから。
蕾は、心に強烈な爆弾を抱えている。この空間から一歩外に出れば、『黒くて長いもの』は至る所に溢れていて──間違いなく、蕾の起爆スイッチが押されてしまう。
……だけど、蕾の中にある原動力は失わせたくない。例え、夢物語でしかないものであったとしても──
「………だから、元気……出して?」
純粋で綺麗な二つの瞳。それが、考え倦ねながら目を伏せた僕の顔を覗き込む。
驚いて睫毛を上げれば、不安に揺れる蕾の表情が視界に映る。
「──!」
まさか………僕を、励まそうとして──?
そんなの、全然思ってもみなくて。
蕾の思いに、熱いものが胸に込み上がる。
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