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第414話
「………俺、さくらに非道い事……した」
僅かに揺れる瞳。徐に長い睫毛が下がり、僕を視線から解放する。
「……ずっと後悔、してる。
俺、……五十嵐の話、聞いて……おじさん、一緒だった時……のこと、思い出した」
「……」
引き出される記憶──ベッド横の床に転がされた五十嵐が、僕に全てを打ち明けてくれた時、蕾はソファの上で身を屈め、丸くなってじっとしていた。
「俺、今まで……助け、られなかった。傷つけた。女の人も、類も。
そのせいで、………みんな、壊れた」
脅え震える身体。
今にも泣き出しそうな声。
それでも、懸命に堪えながら……僕に訴えかけていて……
胸の奥の柔らかい所が、ツキンと切なく痛む。
「──だから俺、さくら……を、助けたい……!」
力強い、信念を含んだ声。
蕾自身から放つ、眩い光──過去を乗り越えようとするその強い意志が、僕の心に突き刺さる。
「……」
いつの間にか──
僕の中で蕾の存在が、闇夜に輝く一筋の光に見えている事に気付かされた。
少し前までは、想像出来なかった未来が目の前で開けていく。
それと同時に、心の底から沸き上がる、不安……
「───壊れたり、しないよ」
伏せている目をそのままに、口の両端を少しだけ持ち上げてみせれば、視野の端にぼんやりと映る蕾が、僕の顔色をじっと伺っていた。
肩にタオルを掛け、片手で横髪を拭きながらチラリと部屋の時計を見る。
午後三時半。長めのお風呂だったせいか、身体が怠い。
少し、眩暈がする。最近また食欲がなくて、お昼を抜いたせいかもしれない。
「………夜、何が食べたい?」
「よる……?」
「……うん」
冷蔵庫から麦茶を取り出し、水切り籠から拾ったコップ二つにそれを注ぐ。
カウンター越しに蕾を見やれば、濡れた髪をそのままに新しいシャツを着ている所だった。髪が長いせいもあって、襟首辺りが濡れてしまっている。
「ドライヤー掛けるから、座って待ってて」
トン、とコップを蕾の席に置き、ドライヤーを取りにバスルームへと向かう。
入って直ぐ目に付いた洗面台。そのホルダーに掛かったドライヤーを手にして、ふと鏡の中の自分に視線を向ける。
「……」
朝、窓ガラスに映っていた僕よりも、顔色が少しだけ良くなってるような気がする。
でも……救われようなんて思わない。
薄情な僕は、蕾の話を聞くまで忘れかけていた。
……モルを、傷つけたままだって事に。
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