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第432話
「い″、ぁああ″ぁ……、!」
悲痛な声を上げ、赦しを請う僕に手を伸ばす。
掬える保証なんて、無い。
そもそもここが、一体何処なのか……夢の中なのか、精神意識の中なのかすら解らない。
だけど……もしこれが、僕のトラウマとなっている記憶の中なのだとしたら──僕を助ける事で、何かが変わるかもしれない。
手を出して──僕に捕まって……!
心の中で僕にそう呼びかければ、それに答えるかのように指先がピクンと動く。
此方に向けられる、ぼんやりとした双眸。
ゆっくりと右手が伸ばされ、頭を下にした僕の右手を掴もうとする。
あと、少し──
水中にいるように両手で掻き、もう少しだけ身体を沈めて手を伸ばす。
僅かに触れる、中指の爪先。──と、それまで絶望に満ちていた僕の口元が、クッと片端だけ吊り上がる。
「──!」
バチンッ──
突然脳内に響く、火花の散る音。
一瞬真っ白になった後……目に映る全ての景色が元へと戻る。
「………ぁ、」
小さく揺れる視界。その視界いっぱいに映り込む、太一の顔。
「オイ、勝手に気絶してんじゃねェよ」
「………」
黒革の首輪を指で引っ掛けられ、乱暴に頭を持ち上げられる。
ナイフのように尖った眼。イラつきを隠せない口が、歪んだまま動く。
「これで満足したとか、言わせねェからなァ……」
「……」
恨みの隠った声。
僕を犯しながら喋っていた時とは、まるで違う──僕の首を絞めた辺りから、余裕が微塵も感じられない。
投げ捨てるように突き放され、床に叩きつけられる。
後頭部と背中に痛みが走り、思わずギュッと目を瞑る。
……まだ、終わらないんだ……
絶望の息を吐き、ぼんやりと思考を巡らせる。
途中で気絶してたって事は……さっきまで見ていたあれは──
フラッシュバックを起こした先で、僕が勝手に見た、夢──?
「……」
指先に残る、リアルな感触。
でも……本当にあれは、夢だったのかな。
もしあの時、伸ばされた手を掴めたとしたら……どうなったんだろう。
一瞬、僕の口元が、不気味に歪んだように見えたのは………気のせい……?
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