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第433話

もし、あの手を掴んで引っ張り上げられたとしたら……あの忌まわしい過去のトラウマから解放されたかもしれない。 ……でも…… 掴んだ瞬間、引き摺り込まれてしまったら。 もし……入れ替わったり、したとしたら。 過去の『僕』と…… ──ドクン 不安が押し寄せ、大きく胸を打つ。 ……怖い…… ただの夢かもしれないのに。そうは思えない程リアルで。怖い…… 「……」 指先に残る感触。 あの時──伸ばした手の先が触れた瞬間……何で『僕』は、口の片端を僅かに持ち上げたりしたんだろう。 助けようとする僕に向かって、何か悪い事を巧むかのような…… 「オラ、早く来い!」 怒鳴りつける声。近付いてくる、複数の足音。 それらに引っ張られるように、薄く目を開けてみれば……涙で霞む視界に映ったのは、二人の男に羽交い締めにされた、赤い髪の男── ───(らい)……!? 驚いて、瞼をパチンと開く。 目を合わせたくないのか。顔を伏せ、怯えながら小さく震えている。 その表情は、前髪が隠して見えない。 「良く見てみろ」 蕾を捩じ伏せながら一緒にしゃがみ込んだ太一が、後ろに束ねた蕾の赤い髪を荒々しく掴み、力尽くで僕の首元へと押しやる。 「……」 ジャラ…… 僅かに僕の身体が震えれば、首元から鳴り響く、金属同士のぶつかる小さな音。 ───黒くて、長いもの ハッとして、黒革の首輪を覆い隠そうとすれば、それに気付いた太一が、僕の細い手首を掴んで阻止する。 「……」 「………なァ蕾。お前、姫の声だけでおっ勃ててたんだってなァ」 「……」 「本当は、ヤりたくてヤりたくて……堪んなかったんだろォ……?」 ふぅ……ふぅ…… ……はぁ、はぁ、はぁ…… 僕の顔を挟み込むようにして床に手を付き、荒々しい呼吸をする度に、肩を大きく上下に揺らす。 大きく見開かれ、血走った二つの眼。それが、獲物を狙うかの如く僕の首元に釘付けられる。 「……良かったなァ、蕾。このお姫サマは、まだ満足してねェんだってよ」 「……!」 太一の言葉が蕾に届いたのか。 静かに僕の上に跨がる。 狂気に満ちた眼。 感情の一切が感じられない。 「………」 あの時と同じだ──ホテルで眠っていた僕を襲う、あの時の蕾と。

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