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第434話

………はぁ、はぁ……ふぅ…… 無機質な眼──飼い慣らされ、ただ命令に従うだけの、意思のない『犬』。 何の前触れも無く、寝込みを襲われた恐怖が蘇り、ぶるっと身体が震える。 「……」 ……これは、本当の蕾じゃない。 僕の知ってる蕾は……僕に触れるのを怖がったり、僕の作る料理を頬張って美味しそうに食べたり、僕に気遣って、真っ直ぐな笑顔を向けてくれる……明るくて優しい蕾…… ──だから、怖くない。 怖くないよ…… 「………蕾」 そっと声を掛ければ、ピクンと蕾の身体が小さく跳ねる。 僅かに見開かれた眼──だけどそれは直ぐに掻き消え、何事も無かったかのように蕾の右手が僕の太腿に掛かる。 その直ぐ傍らで、ニヤついた顔を見せる太一。 「………じゃーな、蕾。後は宜しく頼むぜ」 スッと立ち上がり、豹変した蕾の背中に向かってひらひらと片手を振る。 「──!」 そうか──その瞬間、悟った。このリンチの終止符の打ち方を。 何が太一の逆鱗に触れたのかは解らない。もしかしたら、最初からこの結末を決めていたのかもしれない。 ──でも、だからって。 『今夜は、遅くなる』──屋久が帰ってくるまでの間、性犯罪者へと変貌した蕾に、犯され続けたとしたら…… ──ゾクッ 恐怖が底から湧き上がり、大きく震える身体。気の遠くなるような時間。 「……」 太一は、僕を嬲り殺す気だ。 「………で、これからどうする?」 「なぁ、イチ」 ダレた口調で話す男達を引き連れ、部屋から出て行く太一。 「……」 それを、ただ見送る事しかできない僕。 絶望に打ちひしがれ、脳内神経が麻痺しようとも……思考回路だけは、停止しそうにない。 どうやって、この危機から逃れればいいんだろう…… 一瞬の隙に……って。そんな瞬間、あるんだろうか。 ぼんやりと思い出されるのは……屋久から聞いた、蕾の少年院時代の話。 『黒くて長いもの』を見てスイッチが入り、対象物となった教官を捕まえ、暴行を加えたって…… 恐らく教官になる位だから、その人は身体を鍛えてるだろうし、武術だって長けている筈──なのに、そんな相手を捩じ伏せて、実力行使したんだから……ひ弱な僕が、自力で何とかできる訳がない。

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