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第437話 最大多数の最大幸福

……温かい。 何処なんだろう……ここ。 ガチャ── 音に反応して振り返れば、開いたドアの向こうに、裸のアゲハが立っていた。 「さくら。お兄ちゃんと一緒に入ろう」 言われて初めて気付く。ここが風呂場で、僕は湯船に浸かっている事に。 「……」 え…… どうして、アゲハが…… 優しい笑みを浮かべながら、浴室に足を踏み入れるアゲハをじっと見つめる。 ……少し、幼い。 中学生の頃のアゲハみたいだ…… 「どうした?」 「……え」 シャワーで身体を流し、キュッと蛇口を締めた後、湯船に足を踏み入れるアゲハ。 端に避けて身体を小さく丸めるけど、肩と肩がぶつかってしまいそうな程狭い。伏せた目に映る、僕の膝小僧。そこに掛かる手。 おかしい。 ……僕、こんなに小さかったっけ…… お湯から両手を出し、広げてみる。 「可愛いな、さくらの手は」 手のひらをじっと見ていると、アゲハが肩を寄せ、そっと僕の手を取る。 「………可愛い」 「……」 その手が、ゆっくりと僕の手のひらを揉む。 密着する身体。 驚いてアゲハを見上げれば、直ぐそこに顔が近づいていて…… バシンッ……! 「………汚らわしいっ」 訝しげに僕を見る母の目。鋭く突き刺す様な視線。 濡れた身体のまま廊下に尻餅をつき、叩かれた頬を片手で抑えている僕。冷えた廊下の床が、湯で温まった僕から容赦なく熱を奪っていく。 母の腕の中には、幼いアゲハ。 さっきまでのアゲハとは違う。もっと幼くて……未就学児だろうか。此方を警戒しながら母にしがみついて守られている。 「男に媚びる、イヤラシイ子……!」 「……」 え…… ……待って、母さん…… 僕は、何にも悪い事なんて…… 母の方へ向かおうと、廊下に片手を付いて気付く。 徐に手のひらを広げてみれば、それは、いつもの大きさの僕の手で──僅かに開いた指の隙間に、ねっとりとした生暖かい粘着液が垂れ落ち…… 白濁し、生臭いそれ。 「……」 ……え…… 何で……ここに…… ──コポコポ、 腰を僅かに浮かせたせいか、僕の後孔から次々とそれが溢れ出て…… 「………!」 アゲハの幼い目が、訝しげな目付きに変わる。 同じ目をした母が僕を軽蔑し、僕を睨みつけながら幼子をぎゅっと抱きしめる。 「出て行って!」 「あなたは、私の子じゃないわ──」 ピッピッ、ピッピッ、…… 遠くから聞こえる、高くて無機質な機械音。 「……」 そっと瞼を持ち上げれば、目の奥が痛くなる程の眩い光に襲われる。

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