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第438話
窓から差し込まれる自然光。
その眩しさに目が慣れてくれば、次第に見えてくる辺りの景色。
「……」
天井……と、点滴。
ぶら下がったその細い管を辿っていくと、ベッドの中──僕の左腕へと繋がっていた。
意識がハッキリとしていく度に、次第に蘇る身体の怠さと鈍い痛み。ゆっくりと瞬きをひとつし、視線を他所へと移す。
壁際にあるソファ。そこには誰もいない。
「………らい」
僅かに唇を動かし、名前を呼ぶ。
キーンという耳鳴りと共に思い出される、蕾の泣き叫ぶ声。
「……」
……蕾を、苦しめた。
辛い思いをさせてしまった。僕のせいで。
全てが、悪い夢だったら良かったのに……
「……」
カタン、と音がし、身体が小さく跳ねる。ベッドサイドから感じる、人の気配。
咄嗟に視線を向ければ、そこに居たのは──ポニーテールを揺らしながら点滴袋の残量を確かめる、Mの後ろ姿。
「……」
「………あの」
「なに」
声を掛ければ、感情のない静かな声が返ってくる。
「蕾なら、いない」
「………え」
面倒臭そうに振り向いたMが、氷のように冷たい瞳で僕を見下ろす。
「……」
掛け布団を剥がし、剥き出された僕の左腕に繋がっている管を外す。固定テープを剥がし少し乱暴に点滴針引っこ抜くと、ポケットから取り出した絆創膏を手際よく貼りつける。
「ここ、押さえて」
「……」
抜かれた時の痛みが、ズキズキと尾を引く。
言われるまま右手で押さえれば、Mがポケットから何やら取り出す。
「あと、これ」
そう言って目の前に出されたのは、見覚えのある小さな箱。
「………!」
……え……何で……
どうしてこれが、ここに……
それは、忘れもしない──竜一が僕にくれた、ピアスの箱。
その中身は、見せ付けるように吉岡の耳に飾られていて──
「……」
そのピアスを……どうして、Mが……
Mをじっと見つめていれば、その眼が面倒臭そうな色に変わる。
──そうだ。
屋久を介して、多分二人は繋がっているんだ。
僕を陥れる為だけに、利用されたピアス。
もう用済みのそれを、どうして僕に返す気になったんだろう。……あんなに僕を、嫌っていた筈なのに。
「……吉岡は……今、どうしてるの……?」
「知らない。私はただ、渡すように頼まれただけ」
「……」
冷たく見下ろし、機械のように答えるMに、それ以上の事は何も聞けなかった。
右手を出し、その箱を受け取ろうとする。しかし、宙に浮いたまま……中々Mの手から離れない。
困惑する僕に、Mが再び口を開く。
「………でも、もし今後も基成 と一緒にいるつもりなら、これは捨てた方がいい」
スッと、箱を持った手が引いていく。
僕を見るMの眼が、夢の中にいた母の眼と重なる。
「……」
受け取る事もできず。引っ込める事もできず。宙に浮いたまま……中途半端でどうしようもない、僕の手。
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