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第440話

僕の前髪に指を通し、親指で額を優しく撫でた後、丁寧に梳く。 その度にさらりと揺れる、金色をした屋久の毛先。 「……」 『俺も』……って…… 屋久の口から紡がれた言葉が、俄に信じがたい。 「どんな状況でも、傷つけた相手を思いやる慈悲深いお姫さまなら、……きっと解ってくれるよね。 俺がどんな思いで、ここまで上りつめてきたのか──」 ………はぁ 壁に寄り掛かり、力無く溜め息をつく。 物心ついた頃には、既に地獄のドン底にいた。 両親は麻薬でイカれ、テーブルや床には、散乱したゴミや垂れ流された精液と糞尿。ツンと臭うそれを片付ける気力もない九歳の屋久は、僅かに開いた窓から入ってくる新鮮な空気を吸うために、ただ、天を仰ぐしかなかった。 人が人で無くなり……滅んだ肉の塊でしかないそれは、気付いた時には既に冷たくなっていた。 冷蔵庫は勿論、食糧保管庫の缶詰やレトルトは底をつき、電気ガス水道も既に止まっている。こんな肥溜めのような部屋の中で、こんなクソ両親の後を追うように死んでいくのかと思うと……この世に生まれてしまった事を呪いながら、そっと瞳を閉じる。 ドン、ドンッ…… その眠りを阻止するように、ドアを突き破るような、激しい音が。 「ぉえ″ぇっ、」 「………あ″ぁ、クソがッ!」 土足で上がり込んだ黒尽くめの男達が、鼻と口を手で押さえながら怒号を飛ばす。 「──ぅえっ、臭ぇッ、!」 「どうしますか……」 「どうするもこうするもねぇ。そこのガキでも捕まえとけ」 「………って、コイツ……尻から精液垂れ流してるぜ」 「ハッ、マジかよ。……あぁ臭ぇなぁ。こんのクソジャンキーがぁッッ!!!」 男の一人が屋久の痩せ細った腕を引っ張り上げれば、もう一人が既に屍と化した男の股間を思いっ切り蹴飛ばした。 「しっかし……狂ってるぜぇ。 幾らブツを隠す為とはいえ、実の息子のケツ穴にぶち込むなんてよぉ。 ……それも、母親(おんな)のいる前で犯しながらだぜ」 「……その母親も、目の前で何が起こってんのか解ってなかったんだろうなぁ」 「……」 運転席と助手席の男が、先程見た惨劇を懇々と語る。 汚れきった身体。限界を越えた精神。このまま朽ち果てたくはないと思いながらも、今更になって、早く命を断ち切れば良かったと、移りゆく窓の外を眺めながらぼんやりと考えていた。

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