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第442話

療養後、親父の屋敷に移った屋久は、初めて基泰の存在を知った。 ただ親父の息子というだけで、周りの大人達からチヤホヤされる……その存在が目障りであり、疎ましく感じていた。 「いいか。今日からこれが、お前の仕事だ」 名前も知らない黒尽くめの男に渡されたのは、番号札の付いた小さな鍵とメモ紙。 「しっかり『運ぶ』(やる)んだぞ、小僧」 「……」 (あしら)うように、ポンと軽く屋久の頭に手を置く。 その屈辱的な扱いに心の中がザラつくものの、余所者の屋久はそれを押し殺して従うしかなかった。 『運び』──それは文字通り、モノを運ぶ仕事の事。指定された場所にあるコインロッカーへ行き、その中身を取り出して別のコインロッカーへと移す。ただそれだけの、簡単なものだった。 しかしある日、ロッカーの預かり物が黒のセカンドバックに変わっていた。いつもの封書ではない。取り出してみれば、留め金が外れている事に気付く。 「……」 その好奇心に押され、そっと開けてみる。外から死角になるように。怪しまれないように。 中にあったのは……見覚えのある、小袋に入った白いソレ。 ──ドクンッ 指先が震える。 蘇る、あの強烈な記憶。 動揺する気持ちを抑えながら後退り、ロッカーからそっと離れる。セカンドバックを胸に抱えて地下鉄に飛び乗り、次の指定場所であるロッカーへと急ぐ。 「……」 メモ紙にあった通りの番号(box)に向かい、セカンドバックを入れる。鍵を抜き、それを都度変動する回収場所に隠す。 被っていたキャップのツバを下げ、何事も無かったかのように人混みに消える。 いつもなら、仕事はそれで終わり。しかし屋久は、好奇心を抑える事が出来なかった。 「俺は折檻覚悟で、その鍵を取りに来る奴が現れるのを待った。その出所が何処からなのか。何処へ流れていくのか。俺は一体何をさせられているのか。……知りたかった」 その鍵を回収しに来たのは、想像とは程遠い、クソが付く程真面目な男子高生だった。 その学生が向かった先は、闇が迫るにつれ妖しげな光を放つネオン街。細い坂道を上がって直ぐの裏路地に入ると、迷い込んだ人々を誘うような灯りがぽつんと点る、小さな店が。ストリート系ファッションを取り揃えたそれは、いかにもな電光看板の数々を店前に構えていた。 その店に、迷いなくその学生が入る。 ガラス張りの店内を物陰から眺めていれば、棚に置かれた服を物色するその学生に髭面の店員が背後から近付く。声を掛けられたんだろう。学生が振り返ると店員が他の服を広げて見せ、何やら楽しげな会話を弾ませている。 「……」 そのやり取りに、違和感はない。 ただ……この学生が本当にストリート系ファッションに興味があるのか、そこに引っ掛かりを感じた。 「──オイ、そこの子供(ガキ)。ここで何してる……!」

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