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第451話

「少し話が逸れたね。 あの夜の続きから話そうか」 頬に触れている屋久の手が、僕を落ち着かせる様に横髪を撫でる。 台所で計画の話をした後、二人は肩を並べてそこを出る。長く薄暗い廊下。その先にある親父の部屋からスッと現れたのは、髪の長い女性。──情事を終えたばかりなのだろう。ぽつぽつと灯る照明の下、着崩れた襦袢姿が妖艶に映る。 開けた首筋から肩口までのライン。浮き出て影を落とす鎖骨。歩く度に見え隠れする形の良い太腿。 「……」 噎せ返るような、甘い匂い。 淡泊な屋久でも、その匂いに一度当てられてしまえば……否応なく腹の底が疼き、掻き立てられてしまう。 「………あれ、若葉さんですよ」 隣に立つ基和が、そっと屋久に耳打ちする。 その名前から、桐谷が口にしていた名前が思い出される。 「………若葉?」 「親父の新しい愛人で……美沢さんのオンナです」 「──!」 あれが、美沢のオンナ。 チラリと基和を見た後、もう一度此方に向かってくる女へ視線を向ける。 「オンナ、とは言っても、実際は男らしいですけど」 「……」 その瞬間、屋久の心がざわめき出す。 「助平な桐谷なら、知らない筈がない。 親父の愛人だと解った上で、わざと俺に吹っ掛けてきたんだよ。あわよくば……とも考えていただろうね。 ヘテロな癖に、男の俺に口淫をさせる位だ。間違いなく若葉とは、本番行為まで望んでいたんだろう」 成る程、確かに。此方に向かってくる若葉をじっと見据えていれば、近付く度につれ目に付く男の特徴。 肩幅の広さ。喉仏。骨格。 「………僕と同じ、だね」 すれ違い様──首を少し傾げ、妖しげに流し目をする若葉がそう囁く。 切れ長の涼しげな瞳。長い睫毛。スッと通った鼻筋。柔らかそうな唇。白磁器の如く透き通った肌。 「……基和」 「……」 「もうひとつ、頼みがある」 熟れた果実のような甘っとろい匂いを残し、去っていく若葉。それを尻目に、屋久がそう口にする。 「『僕と同じ』──そう言われた瞬間、腹の底から沸々と、何とも言えない負の感情が湧き上がっていた。 性を交渉事に利用する点では、確かに一緒だ。けど──違う。 全然違う……! 若葉は、甘美な匂いで交渉相手を引き寄せ、独自の甘蜜を分け与えて虜にし、中毒を起こさせ相手の神経を麻痺させる。 そして、自分の都合の良いように裏で糸を引くんだよ。……まるで、操り人形のようにね」 「……」 「だけど俺は── 桐谷に対して唯一あった武器すら、上手く使い熟せなかったんだ……」

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