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第464話 衰弱
×××
……ジャラ
鎖骨に重くのし掛かる、黒革の首輪。
アクセサリーである二本の鎖が揺れる度、ぶつかり合って金属音が鳴り響く。
思わず手を伸ばし、硬く重厚感のあるそれに触れる。
「……」
どうして屋久は、これを僕に付けたんだろう。
『黒くて長いもの』は、蕾が豹変するスイッチだって、解っている筈なのに……
以前、ハイジが付けてくれた首輪を、外したくないと言ったから? だから、蕾が留守の間だけでもと、気休めに付けてくれたんだろうか。
それとも……もう蕾は……
「……」
嫌な考えに辿り着けば、そればかりが頭の中でグルグルと渦巻き、脳内を支配していく。
襲い掛かる痺れ。眩暈。
崩れるようにして蕾のソファに座り、背もたれに身を委ねる。
手近にあった、蕾愛用のケット。片手で引き寄せながら両足を床から浮かせ、踵をソファの端に掛ける。
腕を上げた時にスルリと落ちる、袖口。露わになる細い腕。その内側には、青紫色になって少し腫れ上がっている、幾つもの点滴針の跡。
蕾と一緒に暮らすようになってからは、少しずつ食べられるようになって。少しはマシになってきたと思っていたけど……
変なの。骨のすぐ上に、皮がついてるみたい。
「……」
この腕の内側を切ったら、どうなるんだろう。ちゃんと血、出るのかな。
変な事を考えていると、頭の片隅で警鐘を鳴らしているけど……何でだろう。確かめてみたい。
両足を床に下ろし、立ち上がってふらりとカウンターのある方へと向かう。
酷い、立ちくらみと眩暈。
カウンター奥に回り、シンク横にあるナイフブロックからペティナイフを取り出す。
「……」
余り使われていないんだろう。細く刃渡りの短いそのナイフが鋭く光る。
『……リンゴ、食べたい!』──必要な食材をメモに書き出す僕に、嬉しそうに話しかける蕾。
……もう、あの笑顔は見られない。
そもそもこんな僕が、蕾を人間らしくしようだなんて、おこがましかったんだ。
蕾との間に何もなければ、太一に襲われた僕を守ろうなんて、きっとしなかった。
腕を噛んで、痛い思いをしなくて済んだ。
「──!」
思うより先に、刃を手首に当てる。それに驚いてナイフを離そうとすれば、ビッと横に引いてしまい痛みが走った。
思ったより深く切ってしまったんだろう。ドクドクとそこが脈打ち、傷口から溢れた鮮血が滴って床に落ちる。
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