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第466話
カチャ、カチャン……
遠くから響く物音。
でも、嫌な感じはしない。何処かほっとするような、懐かしいような感じ。
ゆっくりと瞼を持ち上げれば、天井の照明に一瞬目が眩む。
薄く閉じた目を再び開け、ぼんやりと辺りを見回す。
……スープの、匂い。
出汁の優しい匂いが、ふわりと鼻孔を擽る。それに引き寄せられるように、カウンターキッチンの方へと視線を向けた。
「……」
滲む視界に映る、ガス台の前に立つ人影。清潔そうな白襟のシャツ。無造作に後ろで束ねた、金色の髪。
……屋久……?
なに、してるんだろう……
「──!」
起き上がろうとして、左手首に鋭い痛みが走る。見れば、ぐるぐると大袈裟に包帯が巻かれていた。
「……おはよう、姫」
僕に気付いた屋久が、カウンター奥から笑顔で声を掛ける。
「調子はどう?」
「……」
「スープ、飲めるかな?」
何も答えていないのに、ヤケに優しい笑顔を返す。
「……」
ダイニングテーブルに置かれた、少し浅めのスープボウル。
その中にある透明なスープは、倫の店で初めて食べたそれに似ていた。
「どうぞ」
「……」
「俺が作ったものだから、味の保証はしないけどね」
口角を持ちあげ、屋久が微笑む。
カップの前に置かれたスプーン。手を伸ばしたその指が、思っていたよりも細くて。まるで小枝のよう。強く握られたら、ポキッと折れてしまいそうだ。
「……」
……僕、こんなに痩せていたっけ……
スルリと肩からガウンが滑り落ちそうになり、慌てて空いた手で襟元を掴む。こうしてパジャマの上から羽織らないと、底冷えする程寒い。……ここは、暖かい家の中だというのに。
手にしたスプーンで、くるんとスープを掻き混ぜる。黄色いのは、溶き卵。中華スープを薄味にしたものなんだろう。化学調味料特有の臭いはしない。
少しだけ掬って、口に入れる。
思った通りの、薄味。
「どう?」
「……」
「食べられそうで、良かったよ」
さっきから、屋久が優しい。
僕の為にスープを作ってくれたし、腕を切った理由を追求してこない。
それに……手当も。
「……基成」
「ん?」
僕に合わせてくれたのか。屋久も僕と同じ、スープしかない。
きっと、それだけじゃ足りない筈なのに。
「………ありがとう」
目を伏せそう口にすれば、屋久の唇が綺麗な弧を描く。
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