472 / 558

第469話

……はぁ、はぁ 胸の奥を抉り取られるような衝撃。 あんなの、僕じゃない。 意識の端と端を何とか繋ぎ合わせ、僕を保とうと大きく深呼吸をするけれど。 まだ頭の中が痺れているし、眩暈はするし……耳元で、何かがしきりに呟いていて…… 『………、死ね』 パシン── 本能的に、いる筈のない何かを勢いよく片手で払い上げる。 と同時に、手の甲に当たる──何か。 「………それだけの元気があるなら、もう大丈夫だね」 「……!」 掴み取られた手首。 ハッと我に返れば、それまで聞こえていた声が跡形も無く消えていて。 腕の付け根から、ゆっくりと視線を辿っていけば……そこにはあったのは、ニヒルな笑顔を浮かべる、屋久の姿。 口元を拭われた後、屋久に抱えられながら別のパジャマに着替え、軽々とベッドに戻される。 嘔吐物はそのまま。何処から持ってきたのだろう。カチャン、と金属製の四角い箱を開け、取り出したのは──胴の細い注射器。 「これから暫く、注射(これ)を打たせて貰う」 鋭く光る針先。 筒のツバ部に指を掛け、その針先を上に向けて構えると、一度だけ胴部を指で弾く。押子に添えた親指を少し押し込めば、針先から数滴液が滴り落ちる。 「……」 「別に、怖がる事はないよ。……Mが、点滴代わりに置いていったものだからね」 僕を見下げる屋久。その目尻が吊り上がり、逆光で陰になっているにも関わらず、ビー玉のような蒼眼が不気味に光る。 「睡眠導入剤も入っているから、……良ぉく眠れるよ」 「……」 ………何を、そんなに怒らせたんだろう。 さっきまで、僕に優しくしてくれていたのに…… 震える僕の腕を、無情にも掴んで乱暴に引っ張る。露わになったその内側には、痛々しい数々の点滴痕。 片手で上から手首をベッドに沈めた後、静かに一度注射器を置き、濡れた脱脂綿で腕の内側を拭く。 ツンと鼻につく、消毒液の臭い。 「………ごめ、んなさ……」 震えながらも屋久に赦しを請えば、そんな事はお構いなしに、屋久が注射器を持つ。 「謝るのは、どうして?」 腕の内側に注射針を当て、睨みつけるように僕を見た後、口の片端をクッと持ち上げた。

ともだちにシェアしよう!