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第471話
天井の照明を落とし、遠くのカウンター上部にあるスポットライトのみが点灯した、薄暗い部屋。
注射が終わると、ベッドサイドに運んだダイニングチェアに腰を掛け、足を組み、文庫本サイズの本を開く。
「………目を閉じて……ゆっくり、深呼吸。……そう、全身の力を抜いて……リラックス……」
「……」
「それじゃあ、少しずつ時間を巻き戻していくよ……」
穏やかで、優しい声。
屋久の言葉に誘導され、身体中の力が抜け落ちていく。
やがて、ベッドの中に身体が沈んでいき、まるで水中に沈んだかのような感覚に襲われる。
ぴちゃん……
暗闇に近い空間。
足下には、波一つない水面。
そこに爪先を付けば、真っ白な波紋が音を立てて広がっていく。
その波紋を追い掛けるように光る、蒼色のキラキラと輝く発光体。それはまるで、夜光虫のよう。
「………やっと、来てくれた」
光の輪を追い掛けていった視線の先──波紋に揺れた水面に、俯き加減の男の子の影がぼんやりと映る。
「待ちくたびれたよ、さくら」
「……え……」
水面ギリギリに浮かぶ、僕そっくりの『僕』。
まるで、鏡を見ているかのよう。でも、見た目は僕そっくりなのに、纏う雰囲気は全然違っていて。
過去、色んな人達から聞いていた『小さな若葉』という表現が、ピッタリ合っている事に気付かされる。
「大丈夫。僕は味方だから。……味方っていうか、君自身なんだけどね」
「……」
「可哀想に。色んな男の所にたらい回しにされて、すっかり弱っちゃったね。
……ふふ。でもそのお陰で、僕は時々外に出られるようになったけど。ククク……」
笑いを堪えるような、薄気味悪い声。
顎を少し引き、口元に握った拳を当て、下卑するような目付き。刺すような視線で僕を見据える。
「………ねぇ、下を見てよ」
「え……」
「いいから」
言われるまま、怖ず怖ずと足下を見る。
ぽちょん……
蒼い発光体の波紋がひとつ、水面に広がっていく。
真っ暗だと思われていた水面下がぼぅっと白く光り、やがて透き通って見える。まるで水面が、透明ガラスになったかのように。
その中央。
蠢く、何か。
目を凝らして見れば、それは餌に群がる虫けらに似ていて。
「──!」
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