474 / 558

第471話

天井の照明を落とし、遠くのカウンター上部にあるスポットライトのみが点灯した、薄暗い部屋。 注射が終わると、ベッドサイドに運んだダイニングチェアに腰を掛け、足を組み、文庫本サイズの本を開く。 「………目を閉じて……ゆっくり、深呼吸。……そう、全身の力を抜いて……リラックス……」 「……」 「それじゃあ、少しずつ時間を巻き戻していくよ……」 穏やかで、優しい声。 屋久の言葉に誘導され、身体中の力が抜け落ちていく。 やがて、ベッドの中に身体が沈んでいき、まるで水中に沈んだかのような感覚に襲われる。 ぴちゃん…… 暗闇に近い空間。 足下には、波一つない水面。 そこに爪先を付けば、真っ白な波紋が音を立てて広がっていく。 その波紋を追い掛けるように光る、蒼色のキラキラと輝く発光体。それはまるで、夜光虫のよう。 「………やっと、来てくれた」 光の輪を追い掛けていった視線の先──波紋に揺れた水面に、俯き加減の男の子の影がぼんやりと映る。 「待ちくたびれたよ、さくら」 「……え……」 水面ギリギリに浮かぶ、僕そっくりの『僕』。 まるで、鏡を見ているかのよう。でも、見た目は僕そっくりなのに、纏う雰囲気は全然違っていて。 過去、色んな人達から聞いていた『小さな若葉』という表現が、ピッタリ合っている事に気付かされる。 「大丈夫。僕は味方だから。……味方っていうか、君自身なんだけどね」 「……」 「可哀想に。色んな男の所にたらい回しにされて、すっかり弱っちゃったね。 ……ふふ。でもそのお陰で、僕は時々外に出られるようになったけど。ククク……」 笑いを堪えるような、薄気味悪い声。 顎を少し引き、口元に握った拳を当て、下卑するような目付き。刺すような視線で僕を見据える。 「………ねぇ、下を見てよ」 「え……」 「いいから」 言われるまま、怖ず怖ずと足下を見る。 ぽちょん…… 蒼い発光体の波紋がひとつ、水面に広がっていく。 真っ暗だと思われていた水面下がぼぅっと白く光り、やがて透き通って見える。まるで水面が、透明ガラスになったかのように。 その中央。 蠢く、何か。 目を凝らして見れば、それは餌に群がる虫けらに似ていて。 「──!」

ともだちにシェアしよう!