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第473話
……え……
その首筋や胸元に見えたのは──あの日付けられた鬱血痕やカッター傷。
……これを、今までずっと……
一日も欠かさず……受け続けて……
「僕は、平たく言えば──『影』だ。
光のある所に必ず出来る、黒い影があるでしょ? それと一緒。
そして、ここは記憶の倉庫。同じ様な部屋が、平行して幾つもあるみたい。
僕は、この部屋でひっそりと生まれて、ただ只管に、さくらが抱える心の傷を引き受ける。ただ、それだけの存在なの」
「──そうしないと、君が生きていけないからね」
「……」
頭の中が、混乱する。
……僕のせいで傷付いてる人が……まさか、ここにもいたなんて……
「というか……それ自体をありのまま受け入れ続けるしか、他に無かったんだよ。
でもね。いつまで経っても、この呪縛から中々解放されなくてさぁ。
……そしたらね。意思を持たないこの僕が、ある日突然、主人格と入れ替わってた──」
痛々しい程の傷痕を晒しながら、『僕』がニヤリと笑う。
「その時初めて、『僕』という存在を認識し、意思を持った。
……はぁ……凄く刺激的で……楽しかったなぁ。
覚えてない? さくらができない事を、僕が代わりにしてやってあげたんだよ」
「……」
……ひた、ひた、ひた……
一歩。また一歩と『僕』が近付く。
歩き方。目配せ。首を傾げた妖しい雰囲気。
それは、バタフライナイフを手にし、僕を追い掛けた若葉によく似ていて──
「ねぇ、さくら。……その身体、頂戴。
僕ならもっと上手く立ち回れるし……きっと楽に生きられる。
……どうせ、死にたいと思ってたんでしょ?」
「──!」
左手首の包帯にチラリと冷たい視線が注がれ、咄嗟に後ろへと隠す。
「自分のせいで、もう誰も傷つけたくないって……いつも思ってるよね?
僕に任せれば……そんな苦しみ、一変に無くしてあげる」
「……」
「だから、ね。頂戴」
本能的に、後退る。
逸らしたいのに、『僕』から目が離せない。
───トン、
背面に、何かがぶつかる。
「……どうする?
逃げた所で、今の君じゃあ『僕』に取り込まれて……いずれは消えてしまうよ」
ク、クク……
驚いて振り返れば、背後にいる『僕』が可笑しそうに顔を歪める。
でも、その姿はもう……僕じゃない。
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