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第474話
二の腕を掴まれ、もう一人の『僕』へと身体を向けさせられる。
妖しい笑みを漏らし、甘っとろい匂いを撒き散らしながら……この世のものとは思えない程の魅惑と狂気で、真っ直ぐ僕を見据える。鋭い眼光。だらんと垂れた両腕。いつの間に掴んでいたのだろう。その手には、鋭く光る──バタフライナイフ。
「………!」
背後に立つ『僕』が僕の両肩に手を置き、耳元へと唇を寄せて囁く。……僕と同じ声で。
「……大丈夫だよ、姫。僕がついてるから。
ほら……そこにいる『僕』を抱き締めて、姫の中に取り込んできてごらん」
肩越しに命令すると、肩から両手を離し、僕の背中をトン、と押す。
「……え」
「ほら、頑張って──」
「……」
「──いい子だから」
驚いて振り返った僕に向ける、残酷なまでの笑顔。
まるで……屋久みたい。
突然放り込まれ、頼りない身体が震える。
視界の端から光が奪われ、僕の身体を纏うのは、闇、闇、闇──
やだ……突き放さないで……
……僕を、一人にしないで……
いかないで──!
凶器を持ち、赤い血に濡れ、ゆらりと揺れながら近付いてくる、『僕』。
闇の中でも尚、妖しくぼうっと光り、赤い唇の片端をクッと持ち上げる。
……ゃ、だ……
振り返り、手を伸ばしながら……離れていく『僕』を追い掛けようとする。
だけど……上手く足が動かなくて………
「──!」
……嫌だ……
置いていかないで……
……僕を、ここから出して──!!
──バチンッ
突然指を弾くような音がし、辺りが真っ白く光ると脳幹に衝撃が走る。
その瞬間──急速に身体が浮上し、閉じた瞼に光が射し込む。
……ひめ
姫……
「………姫!」
酷く懐かしい声がし、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「ここが、何処かわかるか?」
少しだけ、慌てたような声。それをぼんやりと聞き流しながら、息をつく。
「……」
次第に輪郭を取り戻す視界。
ゆっくりと、黒眼を動かしてみる。
まだ……ここが何処なのかよく解らず、視界いっぱいに映る屋久の顔から視線を逸らす。
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