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第475話
「……落ち着いた?」
手渡されたのは、ホットミルク。
カップから立ち上り、ゆらゆらと揺れる湯気をぼんやりと眺めているうちに、やっとここが現実世界だと実感する。
鼻孔を優しく擽る、ほんのりと甘い匂い。
「最初から上手くいくとは思ってない。トラウマと対峙するのは、大変な事だからね」
「……」
僕の中に、傷付いてる『僕』がいる。
トラウマを抱えた瞬間からずっと、そこに囚われ続けている『僕』が……
だけど──あれは僕じゃない。僕は、若葉じゃない……
カタカタカタ……
そう思うものの、カップを持つ手は震えてしまって。
「……もしかして、君の中に眠るインナーチャイルドは、凶暴性のある子だったのかな?」
「……」
「きっと、今までの憎しみを全て引き受けてきたんだね。姫の為に。
こういう例は、決して珍しくない。狂気性や猟奇性は、誰の中にも潜んでいるからね」
ベッド端に座った屋久が、穏やかな笑顔を浮かべて僕を見る。
「ニュースなんかで、よくあるだろう?
大人しい感じの人だったのに。普段から真面目で、挨拶のきちんとできる人だったのに。子供に好かれる、明るくて優しい人だったのに……って」
「……」
「例えば、そのカップ。そこに牛乳を注ぎ続ければ、どうなるかな?
社会を営む上で押し込めた無意識の感情は、ある日を境に、抑えきずに溢れる。
……それが、狂気の始まりだよ」
……狂気の、始まり……
突然、背後から無音の闇が襲いかかり、横髪を揺らしたような気がして……ゾクッと背筋が凍る。
「……姫も、思い当たる節はあるよね」
「……」
それは──僕が、無意識のうちに若葉のようになってしまう、って事……?
「もし今止めてしまったら、いずれ姫はその溢れた感情に支配されてしまう。
つまり、制御不能。姫の中にいる別人格に、姫が乗っ取られる事になる」
「……え」
脳裏に映る、バタフライナイフ。
その刃が、闇の中で不気味に光る。
乗っ取られたら……僕は、どうなるの……?
……僕は……死ぬ……?
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