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第476話
「……そうなる前に、インナーチャイルドが引き受けたものを引き取って、向き合うんだ。
少しずつでいい。そうやって心を穢していけば、いずれインナーチャイルド自体を取り込んで、支配する事ができる」
「……そんな、事……できるの?」
「できるよ。俺も基和 も、心の中に巣くっていたインナーチャイルドを取り込んで、乗り越えてきたんだからね」
「……」
……それが、成長……?
みんな、そうやって大人になっていくの……?
ハイジも、寛司も、蕾も──誰もがみんな……そうやって……
「心配しなくていい。姫には、俺がついているんだから」
「……」
このまま……屋久に縋っていいんだろうか。
土壇場にきて、ふとそんな不安が過る。
「………ねぇ、基成」
「ん?」
「ピアス。……僕にピアス、付けて……」
乾いた唇を小さく動かし、切羽詰まった目をゆっくりと屋久に向ける。
……もう、僕には……無い。
竜一から貰ったピアスしか……縋れるものが……
「………わかった。明日の夜、空けてあげるよ」
優しい笑みを漏らし、屋久が僕の耳朶をそっと摘まんだ。
「……」
もう、他に道はない。
対峙して取り込まなければ、心の中にいる『僕』が暴走して……僕自身は、消えてしまうかもしれない。
いつの間にか、ホットミルクの湯気が消えている。代わりに現れたのは、表面にできた薄い膜。まるで、表層と深層部との交わりを断つかのように。
「……」
──でも。
もしかしたら……それでもいいのかもしれない。
別に、僕の魂ごと消えて無くなるであれば、それでも……
取り返しがつかない所で、突然僕の意識に切り替わらないのであれば……
このまま消えても……別にいい。
狂気的とはいえ、活力の漲ってる『僕』なら、多分……屋久と上手く渡り歩いていける。ここを脱出する事だってできるだろう。
それに、きっと……僕自身の身体を、こんな酷い目には遭わせない。
「……」
……本当、酷いな。
こんな姿になってしまっているのに。それでも、殆ど何も口にしないし。
遂には、手首まで切って……
チラリと視界に映る、手首の包帯。
痛みというよりも、あの時の衝撃が脳を襲う。
それとも……
このままもう一人の『僕』と、心中してしまおうか。
ふと、そんな考えが脳裏を過った──時だった。
『──さくら』
脳の奥に響く、僕を呼ぶ声。
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