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第478話

「……、」 背後からふわりと感じる、寛司の温もり。 心なしか、寛司の匂いまでしてきたような気がする。 ……温かくて、心地良い…… ゾクゾクと震える心が、身体が……甘くて、柔らかなものに作り変えられていく。 スネイクのアジトにいた時の、幸せな気持ちが止め処なく蘇り……あの頃の記憶を鮮明に思い出させる。 寛司は、汚れるなって言ってくれた。 このままの僕でいて欲しいって。 ……だから…… もう……屋久の言う通りになんか、しない。 言いなりになんか、なりたくない。 どんな事があっても、若葉のようになったりしない。 約束する。 約束するよ、寛司── もう出ないと思っていた僕の瞳から、涙が滲んで溢れる。 ポロポロと下睫毛から零れ落ちる、大粒の熱い涙。 涙筋の残る頬骨に、スッと寄せられた屋久の指。ハッと気付いた時には、既に拭われていて…… 「……疲れたんだろう」 「……」 「今夜はもう遅いから、そろそろ寝ようか」 瞬きをして涙を切ると、それまでぼやけていた輪郭がくっきりと見える。 ──現実に戻ったんだろうか。 先程まで感じていた寛司の温もりが……消えてしまった。 「また明日、やろう」 ゆっくりと視線を上げれば、穏やかな表情の屋久が、僕を見つめている。 その蒼眼は──寛司が向けてくれたそれとは、全然違う。 酷く冷たくて、感情のない……無機質な硝子玉のよう。 「………うん」 そう答えれば、両手で抱えていた僕のカップを屋久の手が引き取る。 「おやすみ」 顎先に指を掛けられ、スッと寄せられる屋久の唇。それが……涙で濡れた僕の瞼の端に、そっと押し当てられる。 「……」 ……ねぇ、寛司。 これから、どうすればいい……? 引き返せる道を通り過ぎちゃった時は……どうしたらいいの……?

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