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第479話 逃げなくちゃ

××× 「それじゃ、行ってくる」 「……」 金髪を後ろで一つに束ね、高そうなスーツを着熟した屋久が、ドア前で振り返り蒼い眼で僕を見つめる。 「俺が帰ってくるまで、絶対に鍵を開けちゃ駄目だよ。また、酷い目に遭いたくなかったらね」 揶揄するようにそう言った後、僕を抱き寄せ、覗き込むようにして軽く唇を押し当てる。 「……」 愛情表現……というよりも、只の挨拶。一種の癖みたいなものなんだろう。 きっと歴代の彼女達にも、同じ様な事をしてきたんだろうな。 「そんな顔しないで。夕飯までには戻ってくるから。それまで大人しく待っているんだよ」 眼を細め、屋久の冷たい手が僕の頬や顎下をそっと撫でる。 「……」 行かないで…… そう口にしてしまいそうになるのを堪える。 淋しい…… 突然襲う、胸を掻き毟るような強い不安。 一緒にいる時は、おかしな程心臓が高鳴りながら、身体が小刻みに震えていたのに…… やっと離れられて、ホッとしたのも束の間……今度は、このまま見捨てられてしまうんじゃないか、という恐怖に取り憑かれる。 「……うん」 「いい子だね」 僕の横髪を指で梳き、そのまま耳に掛ける。口角を持ち上げ微笑む屋久。 スッと離れていく指先。その手を掴んで、心ごと縋りついてしまいたい── 「……」 ……でも、解ってる。 此れ等の反応は全部、偽物だって。 冷酷と温厚を交互に織り交ぜて、ストックホルム症候群である僕の心を揺さぶって……僕を、こんな風にしたんだ。 もう、騙されたりしない。 このまま……屋久の思い通りにはならない。 ふぅ…… 溜め息をつき、蕾のソファに座る。 窓から射し込む夕陽。その光が部屋の床や壁。家具等を茜色に染める。 ……どうやって、逃げよう。 きっと、下階には太一以外の男達がいる。不用意に下りたら、直ぐに捕まってしまう。 でも、チャンスは数時間。屋久が帰ってくるまでの間に、何とかしてここを出なくちゃ。 これから毎晩、アレ──『僕』との対峙をする事になるだろうから。

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