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第481話
ぶらんと垂れ下がる腕。その右手には、先の鋭く尖ったペティナイフ。
そっとドアに張り付き、外の様子を窺う。
……ドッドッドッドッ
緊張で、心臓が爆発してしまいそう。
手のひらがじりじりと痺れ、心なしか息が苦しい。
………僕に、できるだろうか。
恐怖に駆られて足が竦む。指先が震え、眩暈がする。
きっともう一人の『僕』なら、上手く切り抜けられるんだろうな……
ここにきて、気弱な僕がちらりと顔を出す。
振り返り、静かな部屋の中を視界に入れる。
箱庭──確かにここは、僕にとって不自由のない場所だったのかもしれない。
飼われる代わりに衣食住を与えられ、外界との繫がりが断たれている分、その事で傷付く事も無かった。
それに、蕾と向き合えた後の生活は……楽しかった。
いつまでも、蕾との穏やかな生活が送れれば、良かったけど……
でも、もう状況は変わったんだ。
ここを出て、逃げなくちゃ……
僕の意思で。僕だけの力で。
……全部、僕がやらなくちゃ……
はぁ……はぁ……はぁ……
大丈夫……ここを、出られる……
……出られる……僕なら、きっとやれる……
暗示を掛けるように、深呼吸を繰り返しながら何度も自分にそう言い聞かせる。緊張する手を伸ばし、鍵のつまみに指を掛け、捻る。
カチャン──
思ったよりも大きな音。
その音に、一瞬心臓が跳ね上がる。
ドアに耳を付け、もう一度外の様子を探る。
……大丈夫。
誰もいないみたいだ。
手のひらに汗を握りながら、ドアノブに手を掛け、そっと開ける。
外から流れ込む空気。それが、僅かにひヒンヤリとしていて、僕の身体を僅かに震わせる。
「……」
そっと、音を立てずにドアを閉めると、ナイフを持つ手に力を籠めた。
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