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第483話

──それでも。 何とか手に力を籠め、僕の首を絞める男の腕に両手を掛ける。 ぼんやりと映る視界。男を見上げれば、向けられた2つの眼に劣情が宿り、不気味な程ギラギラと輝いていた。 「……」 「お前、良い匂いすんな……」 空いている方の手で、僕の横髪に触れる。首輪に隠れていない……耳の下辺りから、微かに立ち篭める甘い匂い。 「……堪んねぇ匂いだ」 「……」 このまま大人しくしていた方が、被害が少ないのは解ってる。 だけど、それじゃあ駄目だって事も…… ……はぁ、はっ、はぁ、 厚みのある首輪があったお陰で、何とか呼吸が出来てる。意識を失わないで済む。 ……だけど、腕力では到底敵わない。一体、どうしたら── 「……!」 視界の端に映る、左手首の白い包帯。 そうだ……ここに、隠していたフォークがあったんだった。 咄嗟に──男の腕から手を離し、隠していたヒメフォークを1本引き抜く。 逆手に持ち、キュッと目を瞑り、首を絞める男の腕に先を当て、思い切って引っ掻く。 「──イテぇ、!!」 男の手が緩む──と同時に、もう片方の大きな手が、耳ごと僕の頬をバシン、と引っ叩く。 吹っ飛ぶ身体。 情けない程、軽々と。 ……トサッ カラン…… 床に倒れ、持っていたヒメフォークが手から滑り落ちる。 「……随分、痛ぇ事してくれるじゃねぇか」 うつ伏せに倒れた僕の顔に掛かる、黒い影。目の前には、男の足。 「覚悟は出来てんだろうなぁ……」 ガッッ…… 頭頂部の髪の毛を鷲掴まれ、無理矢理身体を起こされる。 「──!」 ギラついた男の眼に映る、怯える僕。 バシッ── 振り上げた男の手が飛び、頬に痛みが走る。 目の前で火花が散り、ぐらっと視界が大きく揺れる。 ──パンッ 前髪辺りを掴み直された後、裏拳で反対の頬も払い上げられ──力無く、それに従う。 じん…と熱く、腫れていく両頬。 「………大人しくしてろよ」 軽く溜め息をつき、ニヤニヤと顔を歪めながら、乱暴に僕を仰向けに捩じ伏せ、腰上に跨ぐ。 「……」 いや、だ…… ……怖い……やだ…… 力無く濡れた瞳を男に向ければ、勝ち誇った様子で僕の両手首を掴み、片手でひとつに纏め上げる。 「……、! お前……」

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