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第486話
玄関ドアの、閉まる音。
駆け寄ってくる足音。
僕の上に跨いだ男が、簡単に引っ剥がされ──
バキッ、ドゴッ、
聞いた事もない、肉を叩きつける鈍い音。
その度に聞こえる、男の呻きと嗚咽。
濡れた瞳のまま視線を動かせば……そこにいたのは……
──基泰……
「……」
懐かしい。
もうずっと、遠い昔のように感じる。
ゆっくりと手を動かし、捲り上げられた裾を掴んで胸元を隠す。
……はやく、逃げなくちゃ
浅い呼吸をしながら、顎先を少しだけ持ち上げ……背中を浮かせて身体を起こそうとする。
「ちょ、待ってください! 基成さんの許可なら、……あ、あります……!」
「……あぁ″、?!」
「もし姫が、あの部屋から脱出したら……何をしても構わねぇって……」
「ふざっけんな、……俺は許可した覚えはねぇ!!」
床に捩じ伏せた男の胸倉を掴み上げ、基泰が男に威嚇する。
「今度さくらに手ぇ出したら、ただじゃおかねぇからなっ!」
気が収まらなかったのか。もう二、三発顔面をぶん殴り、ドサッと男を床に放る。
僕の方へと顔を向け、ゆらりと揺れながら近付く基泰。
その拳には、鮮血。
「……さくら……」
「……」
「お前、抵抗したんだな……」
「……」
「そうか……、されるばっかじゃ、無かったんだな……」
床に突き刺さったヒメフォークを引き抜き、遠くに放り投げ……熱をもって腫れぼったくなった僕の頬にそっと触れる。
血のついた、武骨な手で。
「……」
見下ろすその瞳に、嬉しさと優しさが滲む。
さっきまで、酷く吊り上がって……怖い顔をしていたのに。
「……立てるか?」
「……」
基泰の手が僕の首に差し込まれ、グイと上半身を持ち上げられる。
全身の血が下がり、じんと痺れる。
視線の先には、玄関のドア。
目指していたゴール。
「……」
………折角、ここまで来たのに。
頑張ったのに……
助かった安堵よりも、絶望に打ちひしがれる。
急に起き上がったせいか。刺すようにじりじりと脳が痺れ、視界が真っ暗になっていき……力無く、基泰の腕のに頭を預けた。
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