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第490話

前屈みになった深沢が、湯気を失った茶碗に手を伸ばす。 緊迫した空気は変わらないものの、止まっていた呼吸がやっとできる。 「お前らが扱ってる、大麻や覚醒剤だけじゃねぇ。 最近は、こんなモンまでスネイク内に蔓延っている」 身体を起こした深沢が、スーツジャケットのポケットから何やら取り出し、音を立ててテーブルに叩きつける。 ハート、ニコちゃんマーク、アゲハチョウ、天使の羽……円形のそれは、一見ファンシーなシールばかり。 ……これ、何処かで見たような…… 「MDMAのシールだ。 これは小学生の小遣いでも買えるよう安価に作られたもので、効果は錠剤よりかなり薄い。 ……だが、こっちのシートは別だ」 もう一つ取り出し、先程のシールの隣に叩きつける。 シールと並んだそれは、一見見分けがつかない程酷似したデザイン。 「水やアルコール無しでも、狙った相手にバレずに使用できる点では、安価なシールと全く一緒だ。が……このシートの裏には、剣山のように細い針が無数に付いている。 これは、医療用に開発されたシートで、皮膚に貼り付けると同時に、中に染み込んだMDMA液が、溶ける針と一緒に注入される仕組みになっている。 つまり、注射と同等の高い効果があるという訳だ」 MDMAシートを拾い上げた深沢が、ぺりっと剥がしてその裏面を見せる。 「……」 ──そうだ。 深沢の誕生日会の会場で、迫ってきた樫井秀孝に貼られたものと同じ…… 「これなら、注射を打てねぇ気弱なド素人でも、簡単に抵抗なく扱える」 「……」 「……なぁ、そうだろ。工藤さくら」 深沢の瞳が僕へと向けられる。 口端をクッと持ち上げ、意味深な表情をして見せれば、何か勘付いた基泰が落ち着かない様子で僕の方へと顔を向ける。  「……何があったんだ……」 「俳優の樫井秀孝が、姫を狙ってこれを使用したんだよ」 「──!」 動揺する基泰に、深沢が容赦なくさらりと言ってのける。 「ああ、それから──」 MDMAシートをテーブルに投げ捨てた深沢が、思い出したようにそう口にしながら基泰に視線を向ける。 「姫は此方側(スネイク)の人間だ。 面倒をみてやってくれと、生前の菊地に頼まれている。 ……そろそろ、返して貰うよ」

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