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第497話

「……姫」 渋々隼人が椅子に腰を下ろすのを確認しながら、屋久が僕の耳元で囁く。 「もう、解ってるよね。……今、何が起きて、何が始まろうとしているのか」 「……」 「ここにいる全員が、姫の中にいる『若葉』を、求めているんだよ」 「………え」 ──ドク、ン…… その声は何処か優しく。でも、何処か残酷に響き。僕の外耳を冷たく擽る。 引き抜かれた手。身体を僅かに離しながら両手を僕の肩に置き、そっと下へと滑らせ……僕の二の腕をキュッと掴む。 身体が、震える。 きっと悟られたんだろう。クク…と屋久が不気味に笑う。 「まどろっこしい調教は、昨日でお終い。 これから始まる調教は、荒療治ながら確実に姫を覚醒させる方法だと自負している。……でも。もし、それでも引き出せなかったなら。 その時は、元々素質が無かったものとして、本当の奴隷となって貰うよ」 「……!」 ……奴隷…… ジャラ。 思考を掻き消すように、金属同士のぶつかる小さな音が響く。 いつの間に、指を掛けたんだろう。左側の二の腕を掴んでいた筈の屋久の手が、僕の黒革の首輪を持ち上げるように、ゆっくりと揺らす。 「覚えてるよね。俺の幼少期のはなし。 クソジャンキーのクソ親が、俺のケツに捩じ込んで隠していた麻薬を、親父に拷問用の器具を使って全て掻き出されたって話だ」 「……」 「あの時の経験を生かし、会員制クラブのSM嬢として使えなくなったり、その素質のない女達を……麻薬を運ぶ『道具』として、再利用してるんだよ」 ……え…… 視界が、揺れる。 ぐにゃりとマーブル模様に歪んで、足元から僕を飲み込んでいく。 「地獄だよ、想像以上に。 人としての尊厳も何も無く、自分自身をも失い……只、息をするだけの生き物に成り下がるんだ。 どんなに非道い仕打ちをされても、壊れて使い物にならなくなるまで……性をも売りながら『運び』続ける。 ……何度も、何度もね」 「……」

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