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第498話
思い出されたのは、ハイジに調教されたという彼女。
勝ち気な性格だったその彼女が、恐怖に震え、日に日に生気を失い……ある日突然、消息を絶った。
『何処かで野垂れ死んでるんだろう』──確か、そんな事を太一が言っていた。
そんな、非現実的な世界が……このアンダーグラウンドでは当たり前のように蔓延っている。
リアルに不満を抱き、学校や家で居場所を失い──自由を求めてつい足を踏み入れた世界で、とんでもない大きな犯罪に巻き込まれる。
気付いた時には、もう戻れない。
ぬかるみに嵌まってしまったかの如く、黒い影が足元に絡み付き、ゆっくりと沈められていく。
……僕だって、そう。
どうやって、元の世界に帰ればいいか解らない。
思い返すのは……竜一の帰りを待つ、あの穏やかな日々。何の変哲も無い、ただただ同じ事を繰り返すだけの日常。
その会えない淋しささえ、今思えば幸せだった──
「……でも」
青白い顔をしているだろう僕に、屋久は容赦なく残酷な笑みを溢しながら淡々と語り続ける。
「もし姫が、若葉として覚醒したなら──SMクラブやJ-Angelの、VIP専属の『愛人』になるんだ」
「……!」
……え……
小さな衝撃を受ける僕を、屋久の両腕が優しく包み込む。
羽織っていた白シャツ。そのポケットに伸ばされた手で中を弄られ、取り出された小さな箱。
「彼らが求めてるのは、熟れすぎた若葉じゃない。猟奇さを内に秘めながらも、まだ汚れを知らない未成熟の若葉──つまり、覚醒した『姫』そのものなんだよ」
淡々と語りながら、屋久がその小さな箱を開ける。
視界の端に映る、遠くから此方をジッと見る隼人。輪郭はぼやけ、表情もよく解らないものの、苛々した様子で睨みつけているのだけは解る。
それを遮るように、目のに掲げられた──十字架のピアス。
「きっと……VIP達に愛され、無条件に守られるんだろうね。
姫の望み通り、誰にも傷付けられない世界で、蕾を従わせながら……生きる事ができる。
このアンダーグラウンドに輝く、新生の『女王』として」
竜一とお揃いのそれが、照明の光に反射し……キラキラと煌めいて見えた。
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