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第500話

ギシ…… 命を下された基泰が、無言でベッドへと上がる。 ……ギシ、ギシ、 切羽詰まった双眸。 カミソリを握り締めたまま、ゆっくりと僕に近付く。 腕力では、屋久より勝っている筈なのに。……どうして、言いなりになってしまうんだろう。 『キングは二人もいらねぇ』──深沢にそう言われて……僕に、一緒に逃げようとまで言ってきたのに。 「……」 ……このままだと、切り裂かれてしまう。 これは、初めてのデートで寛司が買ってくれた、大切な服なのに。 唯一の形見なのに。 ……どうしよう…… どうにかして、回避しなきゃ…… 「………な…、基成(ナリ)」 じりじりと脳内が痺れていくのを感じながら、やっとの事で声を絞り出す。 「お願い、……切らないで……」 ……他の事なら、何だってするから。 そう続けたつもりだったのに、思うように声が出なくて。 上擦ってしまう呼吸。震える身体。縋るようにゆっくりと見上げ、視線を屋久に向ける。 その瞬間、熱いものが瞼の縁から零れ落ちる。 つ…、と頬に描かれる、涙の線。……泣くつもりなんて、無かったのに。 「……だったら、尚更だよ」 ハンディカメラ越しに、屋久が淡々と答える。 「姫が、大事に思ってるものでなければ……お仕置きにならないだろう?」 神妙な面持ちで僕の前に膝立ちをした基泰が、胸元の布地を摘まみ上げる。反対の手で、カミソリを構えながら。 「……動くんじゃ、ねぇぞ」 ドクン──! 浮かせた布地に当てられる、刃先。 不気味に光るその刃が、ヤケに拡大して見え、僕の視界全てを覆い尽くす。 「もし暴れでもしたら、手元が狂って……下まで切っちまうかもしれねぇからな」 「……」 一瞬、息が止まる。 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、…… 心臓を打ち破る程の、強い鼓動。 無意識に大きくなる震え。 冷えていく身体。 見開いたまま、閉じ方を忘れた二つの瞳── 逃げる事もできず、身体が硬直し、ただ息を潜めて事の成り行きを見届けるしかない。 ドクン……ドクン…… ……ハァ、ハァ、ハァ、 「──!」 不意に。 背後から伸びてくる、無数の黒い手。 それが、容赦なく震え脅える僕の身体を掴み、後方の闇へと引き摺り込もうと強い力で引っ張る。 はぁ、はぁ、はぁ…… 瞬間──視界がグニャリと歪み、忘れたいあの忌々しい過去へと意識だけが飛ばされていく。

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