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第505話

「……」 基泰の時よりも、酷い。 鼻は潰れ、唇は腫れ、原形を留めていない顔面は、鮮血に塗れている。 その男の胸倉を、物でも扱うかのように乱雑に片手で引っ掴み、ベッドから引き摺り下ろす。 重みで手が滑り頭部が床に落ちると、ゴンッ、という鈍い音が響いた。 ズズズ…… 男の両足を抱え直し、床を引き摺って捌けていく隼人を尻目に、屋久がベッドに近付く。 「……姫」 ギシ…… ハンディカメラをベッドサイドに固定し、片手をついてベッドに上がった屋久が僕の肩を掴んで顔を覗き込む。 「姫は、覚えてる……? 俺達キングと、初めて会った日の事を──」 「……」 少しだけねっとりと、だけど酷く優しげに光る双眸。 その奥には、不純なものなど微塵も感じない。寧ろ穏やかで、爽やかな印象まで与えてくる。 だけど、それがかえって不気味で怖い。早く視線を外せと頭の片隅で警鐘を鳴らすものの、合わせた瞳を中々逸らせない。 身体中から、感覚が奪われる。まるで、今置かれている状況全てが、悪夢でも見ているかのような錯覚さえする。 「去年の夏、海辺にいた姫に声を掛けたの──流石に覚えてないか……」 ──え…… 海辺……去年…… グルグルとその単語が頭の中で渦巻き、軽い脳内パニックを起こす。 見合ったままの瞳。それが小さく揺れた後、瞼が大きく持ち上がっていく。 「……」 二人と初めて出会ったのは──吉岡の計画を阻止した、あの雨の日だとばかり……思っていた。 でも、確か── 「………でも、あの人達は……」 「ハイジに殺されて、既に処分された、とでも思ってた?」 一瞬で濁る、双眸。 瞳を動かせず、瞬きもできずに小さく頷けば、口端をクッと持ち上げた屋久が取り繕ったような爽やかな笑顔を浮かべる。 「生きてたよ。随分と酷い有様だったけどね。 基泰は性器(タマと竿)を潰され、盗聴した姫の矯声を聴くまでは全く使い物にならなかったし……俺は顔面を破壊され、整形せざるを得ない状態だった」 「……」 生きて、た……? ……あの時の二人は、生きて…… 瞬きを忘れた二つの瞳。その奥にある、小さなスクリーン。 あの日の光景が、フラッシュバックする。 ドゥルルンッ……! エンジンを吹かし、海から引き上げるバイク集団。 背の高い男の身体にしがみつき、潮風の中に不安を押し流す僕。 そこからコマ送りのように時間が遡り、写真を積み重ねるかの如く早戻しされていく。 やがて問題の場面まで巻き戻ると、カチッという音と共に映像が再生された。

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