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第507話
だから、こんな回りくどい事をしてまで、僕を……
『……だったら、どうするの?』
目の前にあった過去の映像が、テレビの電源を切った時の如くフッと消える。
そして目の前に広がるのは……何も無い、真っ新な空間。
『責任を感じて、また死にたいって思う?』
何処からともなく聞こえる声。
辺りを見回すと、目の前の空気が揺れ、空間が歪む。
そこに色が浮かび上がり、姿を現したのは──
「そんな責任を、感じる必要なんて無い。……だってさくらは、何も悪い事なんてしてないでしょ?」
「……え……」
背丈も。顔の形も瞳の大きさも。何もかも一寸違える事のない、生き写しの『僕』。
だけど、纏う雰囲気は僕とは全然違う。
目付きも、声の発し方も。表情も。
「そうやって、全部背負い込もうとするから……付け入られちゃうんだよ」
「……」
「でも、そこがさくらの良い所でもあるんだけどね」
『僕』が、一歩近付く。
反射的に一歩後退ると、緩やかに持ち上がっていた口端が落ち、柔やかだった瞳が僅かに曇る。
「そんなに、怖がらないで。……ほら、何も持ってない」
「……」
「ね」
両手を広げて見せ、丸腰である事を僕に示す。
だけど……そんなの信用できない。
警戒する僕に、『僕』が再び口角を持ち上げ笑顔を見せる。
感情と直結しているんだろうか。その表情に建前など感じない。
「僕の名は、セイ。『静物』の『静』って書くらしい。
いつもここから、じっとさくらを見守り続けているから……そう、若葉が名付けたんだよ」
「……!」
ドクンッ──
……わか、ば……?
この身体の中に、若葉が?!
まさか、あの時の──
断片的に思い出される映像。鋭い目付きの『僕』が、握り締めていた──バタフライ・ナイフ。
アゲハの首を切ったあの時とは違い、刃先は血塗れていなかったものの……迫り来る恐怖は確かに、『若葉』そのもの。
「……」
力無く広げる両手。その指先が小刻みに震えている。
ハイジも、脅えていた。この身体の中に、殺人鬼の血が流れていると言って。酷く、震えて……
「……そう。あれが若葉」
静が、静かに答える。
まるで僕の思考を読み取ったかのように、その返答のタイミングや内容は、ぴったりと合っていた。
だけど、不思議と嫌な感じはしない。
何故か声に親しみがあって……あの時、僕の背後にぴったりとくっついていた『僕』とも違う気が──
「うん。違うよ。
あれは、僕達の姿を借りてさくらの意識と一緒に降りて来た……外部の人間だ」
「……え……」
………どういう、事……?
外部の人間って……一体……
「──基成だよ」
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