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第508話
驚きを隠せない僕に、静が少しだけ困惑したような表情を浮かべる。
「ごめん。怖かったよね。
でも、あの時は……基成と契約を交わすより他に、道は無かったんだ」
「……」
けい、やく……
若葉は、僕の知らない所で、屋久と取引をしてたって事……?
……いつ……?
まさか、僕が気を失っている間──?
「うん。……これまでもさくらの意識が沈んでいる間、二人は度々会って交渉を続けていたんだよ」
「……え」
思わず漏れる声。その僕に向かって、静が僕包帯の巻かれた左手首を指差す。
「自殺未遂、したでしょ。……手首を切って」
「……!」
「もし、さくらの身に何かあれば、都合が悪いんだ。若葉にとっても基成にとっても。……特に若葉は、命の危険に晒される事になるからね。
だからあの時、若葉は基成の提示した条件を、渋々のむしかなかったんだよ」
「……」
そんな……
……僕の……
僕が、何気なくしてしまった事で……
そんな………
混乱する僕の心情を察したのか。静が、穏やかな笑顔を僕に向けてくれる。
「さくらを主軸として、若葉と融合……つまり、さくらが若葉を取り込むのであれば……衰弱したさくらの身体を、積極的に治療する」
「……」
「僕もね。今のさくらにとって、それが最良な選択だと思った」
「……さい、りょう……」
「うん。……だから、二人が交渉成立させるのを、止めなかった」
「……」
僕の中に『若葉』を取り込む。
それは確かに、屋久が望んでいた事だ。
僕の中にいるインナーチャイルドを抱き締め、許す事で僕は成長できる……と。
「……」
でも、もしあの時。
その目的が果たされていたとしたら……僕は……どうなっていただろう。
──怖い。
きっと、誰かを傷つけても何も感じない、サイコパスな人間になってる。
移動中の車内で愁を誑かし、吉岡の首を切りつけようとした時みたいに。
アゲハの首を切った、若葉になるんだ。
今の僕は消えて、猟奇的な若葉に──
「何も、変わらないよ」
ふわっ……
全てを包み込むような、優しい声色。
それまで感じていた不穏な感情が、一瞬で浄化されたように軽い。
心無しか、辺りが眩い程の純白に変わり、一層煌めいて見える。
「若葉の狂気に同調さえしなければ、だけど」
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