511 / 558

第508話

驚きを隠せない僕に、静が少しだけ困惑したような表情を浮かべる。 「ごめん。怖かったよね。 でも、あの時は……基成と契約を交わすより他に、道は無かったんだ」 「……」 けい、やく…… 若葉は、僕の知らない所で、屋久と取引をしてたって事……? ……いつ……? まさか、僕が気を失っている間──? 「うん。……これまでもさくらの意識が沈んでいる間、二人は度々会って交渉を続けていたんだよ」 「……え」 思わず漏れる声。その僕に向かって、静が僕包帯の巻かれた左手首を指差す。 「自殺未遂、したでしょ。……手首を切って」 「……!」 「もし、さくらの身に何かあれば、都合が悪いんだ。若葉にとっても基成にとっても。……特に若葉は、命の危険に晒される事になるからね。 だからあの時、若葉は基成の提示した条件を、渋々のむしかなかったんだよ」 「……」 そんな…… ……僕の…… 僕が、何気なくしてしまった事で…… そんな……… 混乱する僕の心情を察したのか。静が、穏やかな笑顔を僕に向けてくれる。 「さくらを主軸として、若葉と融合……つまり、さくらが若葉を取り込むのであれば……衰弱したさくらの身体を、積極的に治療する」 「……」 「僕もね。今のさくらにとって、それが最良な選択だと思った」 「……さい、りょう……」 「うん。……だから、二人が交渉成立させるのを、止めなかった」 「……」 僕の中に『若葉』を取り込む。 それは確かに、屋久が望んでいた事だ。 僕の中にいるインナーチャイルドを抱き締め、許す事で僕は成長できる……と。 「……」 でも、もしあの時。 その目的が果たされていたとしたら……僕は……どうなっていただろう。 ──怖い。 きっと、誰かを傷つけても何も感じない、サイコパスな人間になってる。 移動中の車内で愁を誑かし、吉岡の首を切りつけようとした時みたいに。 アゲハの首を切った、若葉になるんだ。 今の僕は消えて、猟奇的な若葉に── 「何も、変わらないよ」 ふわっ…… 全てを包み込むような、優しい声色。 それまで感じていた不穏な感情が、一瞬で浄化されたように軽い。 心無しか、辺りが眩い程の純白に変わり、一層煌めいて見える。 「若葉の狂気に同調さえしなければ、だけど」

ともだちにシェアしよう!