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第510話
……何だろう、これ……
咥内が熱い。
喉の奥が詰まって……苦い味がする。
「……」
思わず顎先から喉にかけて、つうっと指先を滑らせる。
天を見上げる静の横顔に視線を向ければ、それまで襲っていた感覚が嘘のようにふっと消えた。
「基成が若葉に拘った理由。……それは、長年築いてきたものを、全て美沢に奪われたからだよ」
「……え」
僕の声に反応し、顔を上げたまま静がチラと此方を見る。
「親父に認められたくて、幹部を押し退けてまで跡を継ごうと頑張っていたのに。ポッと現れた美沢のオンナに、一瞬で親父の心は奪われてしまった」
「……」
「『僕と、同じだね……』──若葉に言われたその一言が、基成を惨めにし、邪心を生んだ。
同じ目に遭わせて、奪い返したかったんだろう。……だから、息子のさくらを利用しようと考えた」
「……」
……みさわ……
美沢って……虎龍会の……
瞬間、思い出されたのは──若葉と同居していたアパートの廊下ですれ違った、一際強いオーラを放つ黒尽くめの男性。
「お前が、さくらか……」そう言って、僕の前髪を搔き上げ、額にキスを落とした──
「……ほら、あれを見てごらん」
「……」
静が片手を上げ、手のひらを天に向けたままゆっくりとスライドさせる。
記憶の映像……とでもいうんだろうか。
先程まで見ていた映像の上を、重なり合うようにして蒼白い波紋が新たに生まれ、その中に別の映像が映し出される。
『……“カッコウの托卵”って、知ってる?』
さっきまでとは違い、ハッキリと屋久の声が聞こえる。
いつの記憶だろうか。
真っ白な天井ばかりが映る視界の端に、吊り下がった点滴袋が見えた。
『自分で子育てをしないカッコウの親は、寄生先の巣に卵を産み込むんだよ。やがて、卵から孵 ったカッコウの雛は、まだ孵らない他の卵を全て巣から蹴落とし、寄生先の親鳥を騙して育てて貰う。
親鳥は……例えそれが、自分の身体よりも大きな雛だったとしても、気付かずに育てるっていうんだから……滑稽な話だよね』
天井から声のある方へ、映像が動く。
ベッドサイドにある椅子に座り、真っ直ぐ此方を見る屋久の姿が映る。
穏やかな、しかし攻撃的な双眼。言い終わると同時に、口の片端がクッと持ち上がる。
『でも、もしカッコウが孵った時……既に他の卵が孵っていたとしたら……?』
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